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【字幕翻訳者たちとの思い出】第9回 岡田壯平さん 〜字幕翻訳は死ぬまで勉強です〜

この記事は、書籍『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』の著者:小川政弘氏にその外伝として執筆いただきました。

連載第9回は、岡田壯平さんです。

岡田壯平さん
字幕翻訳を手がけた主な作品に、ワーナー・ブラザースでは『スリー・キングス』『ターニング・ラブ』『沈黙の断崖』『アベンジャーズ』『リプレイスメント』『DENGEKI 電撃』『スパイダー パニック!』『ジェシー・ジェームズの暗殺』『許されざる者』『ラブリー・オールドメン』『リッチー・リッチ』『エグゼクティブ・デシジョン』など。他社作品では『ショーシャンクの空に』『レオン』『モハメド・アリ』『エニグマ』『エクソシスト ビギンズ』『ジョンQ-最後の決断-』『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』『マシニスト』『マネートレーダー/銀行崩壊』『コンフェッション』『トラフィック』、他多数。

映画翻訳者には、経歴で変わり種が多い話は前にしましたが、その点では岡田壯平さんも人後に落ちません。

まず1つ目は、父親が映画俳優の岡田英次氏であること。オールド映画ファンの私には、1950年に反戦映画の巨匠として知られた今井正監督が作った『また逢う日まで』での、戦場に赴く大学生岡田英次と画学生久我美子のガラス窓越しのキスシーンは、70年を経た今も鮮明に脳裏に焼き付いています。岡田英次は、彫りの深い顔立ちの俳優さんでしたが、壯平さんは、あまりお父さんには似ていないので、二人が親子だと聞いても、にわかには信じられませんでした。

もう1つは、壯平さんは何を隠そう1級建築士の資格を持っているということです。1級です、その道に進んでも、さぞいい仕事をなさったと思うのですが、早い時期にその道に見切りをつけて(?)、字幕翻訳家の道を選んだのは、映画と字幕翻訳が好きで好きでたまらなかったからにほかなりません。

目次

ワーナーで男にしてください

岡田さんの字幕翻訳への道は、まず映像会社の最大手、東北新社に頼み込んで吹替翻訳の大御所木原たけしさんのもとで吹替翻訳を始め、そこから進んで、字幕会社テトラの神島きみ社長の“売り込み”で、字幕翻訳の世界に入ってこられたというものでした。考えてみれば、この連載ですでに紹介した菊地浩司さんの字幕翻訳家への道を開いてあげたのも神島さんでした。彼女を“お母ちゃん”と呼んで今でも感謝している翻訳者の方は、少なくないのです。

そんな岡田さんと私が仕事をするようになったのは、1990年代の初め頃だったと思います。ワーナーでは、もうすでに戸田奈津子さん、松浦美奈さん、古田由紀子さん、石田泰子さん、男性では岡枝慎二さん、菊地浩司さんたち、この連載でもご紹介した方々に翻訳をお願いしていて、十分に間に合っていました。そこへある日、岡田さんが訪ねてこられ、私の部屋に入ると、「小川さん、翻訳をやらせてください。ぜひともワーナーの仕事をしたいのです。私を男にしてください」と言われたのです。これには私も驚きました。この東映やくざ映画まがいのセリフは、彼がひそかに「ワーナーの仕事ができないでは、翻訳家として男にあらず」と思っていたからでしょう。その熱意にほだされて、一本お仕事を差し上げ、その力量が“及第点”だったので、以来、彼はワーナー翻訳陣の一人に加えられました。

男の仕事は男の映画で

これは男性の宿命みたいなものですが、私のいたワーナーなどの映画配給会社の製作部というクライアントの立場から言うと、アクション映画、スポーツ映画、西部劇などは、無意識のうちに男性の翻訳者に頼んでしまいます。それに対して、メロドラマやラブロマンスなどは女性に頼むことが多いのです。でも本当は、これは単なる思い込みによる慣習で、実際には、男性でも実に美しく女性のセリフを訳せる人もいますし、女性でも男の心理をまるで男のようにセリフにできる人もいます。

岡田さんも、そんなクライアントの“好み”によって、上記翻訳作品が示すように、圧倒的に男っぽい作品が多いです。ワーナーも例外ではありませんでした。彼には、スティーブン・セガールの『沈黙の断崖』『DENGEKI 電撃』や『エグゼクティブ・デシジョン』などのアクションもの、『スリー・キングス』のような戦争映画、『スパイダー パニック!』のようなSF、『ラブリー・オールドメン』のようなコメディー、『ジェシー・ジェームズの暗殺』『許されざる者』のような西部劇、『リプレイスメント』のようなスポーツものなどをお願いし、かろうじて“女性もの”としてお願いしたのは『ターニング・ラブ』という夫婦の愛を描いたドラマだけでした。

彼に見る良き翻訳者の資質とは

『スリー・キングス』は、ジョージ・クルーニー主演の湾岸戦争を題材にしたドラマです。この中には、なんと、この作品のタイトルの出どころともなった「We Three Kings of Orient are」(日本語タイトル「我らは来りぬ」)というクリスマス賛美歌や、「聖霊の火の輪」というキリスト教神学の言葉も出てくるのです。ここは、“聖書オタク”である私の出番です。この賛美歌の岡田さんの歌詞訳は、正確そのもの、何の問題もなかったのですが、私は、これが賛美歌の一節であり、その「スリー・キングス」とは、実は聖書のマタイの福音書に登場する、人として誕生したキリストを拝むために、ユダヤの国に旅をした三人の東方の博士なのだということを観客に分かったもらうため、彼に聖書講義をしながら、6回も訳を修正した舞台裏の話は、『字幕に愛を込めて』にも記しました。また「聖霊の火の輪」については、彼への聖書からの説明、彼の質問、再び返事、と何度かメールのやり取りをし、彼もちょっとした聖書通になりました。

クライアントに歓迎され、よく仕事を依頼したくなる翻訳者の大事な資質のひとつは、「あくなき好奇心と、識者からは進んで教えを乞う謙遜な姿勢」です。彼はそれを持ち合わせていました。また、キアヌ・リーブス主演の『リプレイスメント』は、アメフトの話なのですが、岡田さんは1000CCのバイクやポルシェに乗って難路を駆け巡り、雪が降ればゲレンデを超スピードで滑り降りる根っからのスポーツマンでしたから、この映画の翻訳はお手の物でした。

けれども、彼が並々ならぬ翻訳力を発揮したのは、ワーナーではクリント・イーストウッドが監督主演して、1993年度のアカデミー最優秀作品賞、監督賞に輝いた西部劇『許されざる者』、また他社作品では、フランク・ダラボン監督、ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン主演の脱獄ドラマ『ショーシャンクの空に』です。この作品も、のちにワーナーでDVD発売となり、彼の翻訳をじっくり味わわせていただくことになりました。『許されざる者』の翻訳者に彼を選び、社長の許可を得たのは、口幅ったいことですが、私の“抜擢”でした。これは彼の全翻訳作品の中でも、間違いなく代表作の一本になっていると思います。この作品で、彼がワーナーのドアをたたいた時の願い、「男にしてあげる」ことができたことを、今、改めて喜んでいます。

こうして彼との仕事を通しての良き交流は、20年近くに及び、私が最後にお願いした作品は、私がワーナーを退職した2008年公開のブラッド・ピット主演の西部劇『ジェシー・ジェームズの暗殺』でした。その後も、彼は、いよいよ磨きのかかった良き字幕で、数々の作品を映画ファンに届けていると思います。外交辞令でなくそう言えるのは、彼のモットーを知っているからです。それは、「字幕翻訳は死ぬまで勉強です」の一語です。

【執筆者】
元ワーナー・ブラザース映画製作室長
小川 政弘(おがわ・まさひろ)
1961年〜2008年、ワーナー・ブラザース映画会社在職。製作総支配人、総務部長兼任を経て製作室長として定年退職。在職中、後半の31年にわたって2000本を超える字幕・吹替版製作に従事。『ハリー・ポッター』『マトリックス』『リーサル・ウェポン』シリーズ、『JFK』『ラスト・サムライ』『硫黄島からの手紙』二部作等を監修。自身も『偉大な生涯の物語』『ソロモンとシバの女王』『イングリッシュ・ペイシェント』『老人と海』などの作品を字幕翻訳。著書に『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』(イーグレープ)、『字幕翻訳虎の巻 聖書を知ると英語も映画も10倍楽しい』(いのちのことば社)などがある。

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