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『ショーシャンクの空に』原文に存在しない言葉を字幕に【名作映画と字幕翻訳】

『ショーシャンクの空に』(1994年)

ショーシャンク刑務所に、若き銀行の副頭取だったアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)が、妻と間男を殺害した罪で入所してきた。最初は刑務所の「しきたり」にも逆らい孤立していたアンディだったが、刑務所内の古株で“調達係”のレッド(モーガン・フリーマン)は彼に他の受刑者達とは違う何かを感じていた。そんなアンディが入所した2年後のあるとき、アンディは監視役のハドレー主任(クランシー・ブラウン)が抱えていた遺産相続問題を解決する事の報酬として、受刑者仲間たちへのビールを獲得する。この一件を機に、アンディは刑務所職員からも受刑者仲間からも、一目置かれる存在になっていく・・・。(ワーナー・ブラザース公式ホームページより)

目次

「観客の心とスクリーンの距離を近づけたい」

1994年に公開されたこの映画は、時代を超えて語り継がれる不朽の名作です。劇場公開時の字幕翻訳担当は、2023年6月2日にvShareR SUBが開催した「ワイルド・スピード」新作公開記念のオンラインイベント(※)にも登壇していただいた岡田壯平さん。長いキャリアの中で数多くの作品の字幕を担当してきた字幕翻訳者です。

vShareR CLUB編集部より:イベントの録画動画を2023年7月6日までアーカイブ配信中です。 詳細は以下リンク先をご参照ください。

先日のイベントの中で、岡田さんがこんなことをお話しされていました。

「僕は観客の心とスクリーンの距離をできるだけ近づけてあげたいんです。そのために、翻訳する時は自分をそのキャラクターにできる限り近づけます。そしてキャラクターがどんな気持ちでそのセリフを言ったのかという根本を探り、その感情を字幕にする。これは同時に自分がドラマとどこまで一体化できているのかを確認するセンサーにもなります」

イベントで取り扱った字幕は2021年公開の『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』からのセリフだったのですが、そのお話を聞いて岡田さんの昔の担当作品『ショーシャンクの空に』に出てくるいくつかのセリフを思い出しました。

映像を訳出する

刑務官の怒りを買い、独房に入れられてしまうアンディ。独房から出たときに他の囚人から独房での生活を問われると、アンディは音楽を聴いていたと答えます。蓄音機のない独房でどのように音楽を聴いていたのか不思議に思う仲間に語ったのが、このセリフです。

It was in here,頭の中でさ
and in here.心でも
That’s the beauty of music.
They can’t get that from you.
音楽は決して
人から奪えない
Haven’t you ever felt that way about music?そう思わないか?

原文では「頭」と「心」に対応する単語はありませんが、映像でアンディは自分の頭と心臓のあたりを指しながら「It was in here and in here」と言っています。そのまま「こことここ」と訳しても映像を見ていれば意味は伝わるかもしれませんが、「頭」と「心」と具体的な言葉を出すことによって、アンディがどのように音楽を聴いていたのかがより印象深く観客の心に伝わります。

2021年に岡田さんを招いて開催したvShareR SUBのオンラインイベント「翻訳の極意、私的な誤訳メカニズム」()で、このセリフについて岡田さんは「翻訳は原作を超えられない。でも映画と気持ちを一つにして、原作と対等な質の訳にする努力は絶対に必要」とお話しされていました。原作のアンディの思いをキャッチし、それが日本語字幕を読む観客にきちんと伝わる工夫がなされた字幕なんだなと感じます。

vShareR CLUB編集部より:イベントの録画動画をアーカイブ配信中です。 詳細は以下リンク先をご参照ください。

感情を訳出する

映画の終盤、刑務所から仮釈放されたものの世間になじめず失意に陥っていたレッドが、アンディの伝言を見つけて希望を見出し、生きる決意を新たにするシーンです

Get busy living or get busy dying.“必死に生きるか
必死に死ぬか”
That’s goddamn right.俺は生きるぞ

私がこの作品を初めて見た時、この「俺は生きるぞ」というセリフを聞いた瞬間レッドの生きる決意が溢れるように伝わってきて、以来何度この作品を見ても毎回この言葉で泣いてしまうほど記憶に残るセリフでした。ですがここの原音That’s goddamn right.は直訳すると「本当にその通りだ」で、言葉では明確に「生きるぞ」とは言っていないのです。そしてこのシーンを境にレッドは生き抜くことを決め、脱獄したアンディに会いに行きます。

字幕の短い尺の中ではっきり「生きるぞ」と直前の live or die の答えを訳出することによって、そのまま訳す以上に日本人の観客にもストレートにレッドの決意が力強く伝わる、まさに観客の心をぐっとスクリーンに近づかせる字幕だと思います。

このセリフについて岡田さんは、原文とは離れつつも「俺は生きるぞ」と字幕をあてたことにまったく迷いはなかった、とお話しされていました。それは恐らく岡田さんがこの作品や登場人物たちに極限まで自身を近づけていたからこそ、レッドがここで言いたいのは「俺は生きるぞ」という感情だ、と迷うことなく字幕にすることができたのではないかと思います。

1994年からすでに30年近くがたち、字幕翻訳の傾向も変わってきた部分があります。何を重視するかは翻訳者の方によってもいろいろですし、原音に忠実に訳さないと修正を求められるケースも増えてきました。もちろんそれは非常に大切なことですが、そもそも何のために原音に忠実に訳すのか、という部分も考えなくてはいけないなと感じます。もしそれが原作の意図や感動をできる限り損なわず観客に伝えるためだとしたら、岡田さんの「観客とスクリーンを近づけたい」というポリシーと、根本的には同じことなのではないでしょうか。

【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。

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