『リメンバー・ミー』(2017年)
ミュージシャンを夢見るギターの天才少年ミゲル。だが、彼の一族は代々、音楽を禁じられていた。ある日、ミゲルは先祖たちが暮らす“死者の国”に迷い込んでしまった。日の出までに元の世界に戻らないと、ミゲルの体は消えてしまう!そんな彼に手を差し伸べたのは、陽気だけど孤独なガイコツ、ヘクター。やがて二人がたどり着く、ミゲルの一族の驚くべき“秘密”とは?すべての謎を解く鍵は、伝説の歌手が遺した名曲“リメンバー・ミー”に隠されていた…。(公式Blu-rayより)
『いまを生きる』(1989年)
1959年バーモントの秋。名門校ウェルトン・アカデミーに1人の新任教師がやって来た。同校のOBでもあるというジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)だ。伝統と規律に縛られた生活を送る生徒たちに、キーティングは型破りな授業を行う。「先入観にとらわれず自分の感性を信じ、自分自身の声を見つけろ」とキーティングは、若者たちに潜在する可能性を喚起する。風変わりな授業に最初はとまどっていた生徒たちも、次第に目を開かされ、キーティングへの関心は高まってゆく。中でも7人の生徒たちはキーティングの資料をもとに“死せる詩人の会”を結成し、深夜に寮を抜け出して洞窟に集まり、自らを自由に語り合うようになる。恋をする者、芝居に目覚める者…。皆がそれぞれの道を歩みはじめたかのようにみえた時、ある事件が起こった。そしてその事件をきっかけに、生徒たちは再び学校体制下に引き戻されそうになるのだが…。(公式Blu-rayより)
原音を確認すると予想外な英語だった
映画の字幕で印象的なセリフがあって、後からその原音を確認してみると、ちょっと予想した英語と違っていて驚いた!ということってないでしょうか。映画好きな人なら一度や二度は経験があると思うのですが、今回はそういうセリフについての話を、2つの映画からご紹介したいと思います。
まず最初はディズニーのアニメーション映画『リメンバー・ミー』からのセリフです。音楽家になる夢を家族から反対された主人公の少年ミゲルが、公園でギターを弾いていた男性にコンテストへの参加を促されます。その時に言われるのが、ミゲルが憧れる最も有名な音楽家デラクルスのこの言葉です。
Seize your moment. | チャンスをつかめ |
日本語から英語を想像すると、つい Get a chance とか Catch an opportunity とかストレートな言葉を思い浮かべそうになりますが、このセリフでは日本人が英会話でナチュラルに使うことは少なそうな Seize(つかむ)という動詞が使われ、しかも your moment(その一瞬)で「チャンス(をつかむ)」を表現しています。想像したよりもう一歩深みのある、素敵な英語の表現だなと記憶に残りました。
似ている表現の英語セリフも字幕では別物に
次に『いまを生きる』(1989年)からのセリフです。こちらは時代もガラッと変わって80年代の青春映画。アメリカのエリート私立高校に赴任してくる型破りな教師をロビン・ウィリアムズが演じ、生徒の一人としてまだ少年のイーサン・ホークも出演しています。
本編中に何度も出てくるラテン語の“carpe diem”は「いまを生きろ」という意味で、邦題にも使われています。このラテン語は字幕でもカタカナで「カーぺ・ディエム」と何度か出てきたので覚えている人も多いますが、ところどころ英語でも言っています。その英語がこちらです。
Seize the day. | いまを生きろ |
調べてみると“Seize the day”は“carpe diem”の英語訳だそうです。こちらもいい表現ですが、何よりも前述の『リメンバー・ミー』の「チャンスをつかめ」のセリフと、タイトルにも使われた『いまを生きる』のキーワードでもある「いまを生きろ」というセリフが、原音ではこんなに似た表現だったのか、ということにとても驚きました。
Seize your moment:直訳「一瞬をつかみ取れ」→ 字幕「チャンスをつかめ」
Seize the day:直訳「その日をつかみ取れ」→ 字幕「いまを生きろ」
どちらも seize を使った慣用表現で、どちらも訳として正しく、直訳の段階では近しい訳なのに、日本語として自然な字幕にしてみると単語一つ被らない表現になっているのが分かります。
翻訳の醍醐味はこんなところにも
映画のセリフというのは当たり前ですが、どんなシチュエーションで誰が言うセリフなのかによって意味がまったく変わってきます。なので日本語として一見全然違う印象のセリフが、実は原音では同じだったり近い表現だったりするのを見つけると、そこに翻訳の醍醐味や言葉の面白さを感じます。
もしこの2つのセリフを機械が訳していたら、「一瞬をつかみ取れ」と「その日をつかみ取れ」くらいの違いしか出ず、原文を見た時の驚きや感動は特に生まれなかったかもしれません。きっと字幕翻訳の中にはこういった言語の違いによるマジックが、至る所に隠されているのではないでしょうか。
【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。
あわせて読みたい