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【字幕翻訳者たちとの思い出】第19回 雨宮健さん 〜伊藤忠の要職よりも字幕翻訳を〜

この記事は、書籍『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』の著者:小川政弘氏にその外伝として執筆いただきました。

連載第19回は、雨宮健さんです。

雨宮健さん  *『字幕に愛を込めて』記載
字幕翻訳を手がけた主な作品に、ワーナー・ブラザースでは『トルク』、『デュークス・オブ・ハザード』、『Vフォー・ヴェンデッタ』、『インベージョン』、『CHUCK/チャック』(フォース・シーズン)など。他社作品では、『ドラキュリア』(2、3)、『ゾンビ・レックス ~ジュラシック・デッド~』、『ミュータント・クロニクルズ』など他多数。

目次

伊藤忠から出向した副社長から直々の頼み

雨宮健さんは、私が在職中にはまだまだ少ない男性翻訳者の一人でした。

私の在職中、ワーナーは一時、伊藤忠商事と資本提携をして、そこから役員を送り込んできていました。ある日、私は、その一人で、Iさんとおっしゃるワーナーの副社長さんから、彼の部屋に呼ばれました。何事かと思って行ってみると、話はこうでした。「伊藤忠に一人、えらく映画好きの、50代で部長職の男がいる。とにかく字幕翻訳をしたくて、今会社が募っている早期退職に応募して、できたら字幕翻訳をやりたいと言っている。もちろんそのために字幕学校で学び、字幕翻訳力は身に着けている。小川さん、一つ使ってみてくれないだろうか」というものでした。それが雨宮健さんでした。

当時、翻訳者の数は十分足りていたのですが、副社長から直々の頼みとなれば、むげに断ることもできないので、まずは彼を交えて3人で会い、彼から直接その熱意のほどを聞き、また伊藤忠在職中から、友人のつてを頼りにビデオ作品をすでに何本か手掛けていることも知りました。それを見せてもらいましたが、これがなかなかセンスのいいものでした。

そこで、いつものビデオ作品から劇場作品へというルートを通り越して、劇場用作品を1本やっていただくことにしました。それが、2004年公開のアクション映画『トルク』でした。

『Vフォー・ヴェンデッタ』で大抜擢

その映画で彼の歯切れのいい翻訳力を確認した私は、翌2005年にもう1本、劇場には結局かかりませんでしたが、『デュークス・オブ・ハザード』というアメリカで6年間にわたって放映された人気アクション・コメディードラマ『爆発! デューク』の劇場版の字幕翻訳をお願いしました。

そして翌2006年、彼にとっても代表作となる大作のチャンスを差し上げました。それが 『Vフォー・ヴェンデッタ』です。これは、同名のグラフィックノベルが原作のアメリカ・イギリス・ドイツ合作映画でした。タイトルの意味は「Vは復讐(Vendetta)の“V”」で、謎の仮面の主人公を指しています。

監督は「マトリックス」三部作の助監督を務めたジェイムズ・マクティーグ。製作・脚本は、これも「マトリックス」シリーズのウォシャウスキーきょうだい。V役を「マトリックス」でエージェント・スミス役を演じたヒューゴ・ウィーヴィングが演じるという、「マトリックス」一家が作ったような映画です。“V”のお相手、イヴィーに扮するのはナタリー・ポートマン。

ストーリーは、第三次世界大戦後、かつてのアメリカ合衆国が事実上崩壊し、独裁者アダム・サトラー(サダム・フセインとアドルフ・ヒトラーの合成もじり!)によって全体主義国家と化したイギリスを舞台に、サトラーと、彼を打ち倒すべく神出鬼没の活躍をする“V”の戦い、そして彼に助けられた国営放送BTNに勤務する女性イヴィー・ハモンドの、彼への秘めた恋を描くものでした。

Vは仮面をかぶり、顔の分からないヒーローですが、時折彼の口をついて出る歌舞伎の石川五右衛門の大見え口上みたいなセリフ回しを、彼は見事に訳してくれ、宣伝部からもお褒めを頂きました。それと言うのも、彼の再婚した奥様は外国人に日本語を教える日本語教師の資格を持っており、彼もまた奥様の勧めで日本語教師の資格を取り、日本語表現には精通していたからです。

私が在職中の彼のワーナーでの最後の作品は、2007年の『インベージョン』でした。オスカー女優ニコール・キッドマンと『007/カジノ・ロワイヤル』のダニエル・クレイグ主演のSFスリラーで、人類を脅かす謎のウィルスによる脅威から息子を守ろうと奔走する女性医師を描いたものでした。

今も“師匠”と呼んでくれる弟子

こうして彼は、知り合った2004年から私がワーナーを退職した2008年までの5年間に、4本の字幕翻訳をしてくれました。決して多くはなかったのですが、彼は夢にまで見た(?) 翻訳のチャンスをくれた私への感謝を忘れず、以来現在に至るまで、私を “師匠” と呼んでくれているだけでなく、私の退職1年前の2007年の正月には、タイの別荘に亡き先妻共々招待してくれました(もちろん飛行機代は自前でしたが)。

実は彼はタイが大好きで、私がワーナー在職中、仕事の打ち合わせもかねて食事をするときはいつもタイ料理。それまでタイ料理はほとんど食べる機会のなかった私も、これであの辛い味にかなり慣れました。そしてあの国に別荘まで購入し、年に数か月、お母様も連れてご夫妻でタイ生活を楽しんでいたのです。私はタイは2度目でしたが、あの家族ぐるみで過ごした3泊4日の旅は、今も忘れません。また数年前、私が国際詐欺に遭った時には(詐欺団の一組がタイ人グループだったのは皮肉ですが)、真っ先に支援の手を差し伸べてくれました。

二人でYouTube動画に共訳字幕を入れる

彼は、私が退職後もしばらくは、字幕翻訳や字幕翻訳学校の講師をしていたのですが、その後奥さんと共にタイの別荘に移り住み、しばらく優雅な生活をしていたようです。そんな彼からある時メールがあり、思いもかけず彼と二人で、YouTubeの5分半ほどの動画に字幕を入れるチャンスが訪れました。

イギリスのテレビに、『ブリテンズ・ゴット・タレント』(Britain’s Got Talent/略称BGT)というタレント・オーディション番組があります。サイモン・コーウェル、アマンダ・ホールデン、アリーシャ・ディクソン、デイヴィッド・ウォリアムズの4人の審査員が、歌、ダンスなど様々なタレントを持つアマチュアの人たちの舞台上のパフォーマンスを審査する番組で、そこで歌唱力を認められたあのスーザン・ボイル、ポール・ポッツなどが世界のひのき舞台に立つようになりました。

2013年4月13日で審査を受けたのは、ある牧師が率いる“Incognito”(「匿名」という意味)という名の聖歌隊のゴスペルでした。聖歌隊メンバーが、会場のいろいろなところに潜んでいて、彼の合図で次々に舞台に上がり、すばらしいハーモニーで「Total Praise」というゴスペルを歌うのです。

これを見つけた雨宮さんが、「師匠、こんな面白いのがありますよ」と紹介してくれました。もちろん僕がクリスチャンであることを知ってのことです。観たら面白く、また歌もすばらしいので、「ひとつ字幕を入れてみようか」ということになり、二人でできるところまでヒアリングし、彼の下訳に私が手を入れ、「魂のアーメンコーラス」というタイトルまで付けて、YouTubeに再アップしたのです。ラストには共訳者として二人の名が連名で出ています。 こうして二人の“師弟愛”(?)は、仕事でのお付き合いがなくなった5年後に、再び小さく実を結んだのでした。その動画をご紹介して、今回の結びといたします。

【執筆者】
元ワーナー・ブラザース映画製作室長
小川 政弘(おがわ・まさひろ)
1961年〜2008年、ワーナー・ブラザース映画会社在職。製作総支配人、総務部長兼任を経て製作室長として定年退職。在職中、後半の31年にわたって2000本を超える字幕・吹替版製作に従事。『ハリー・ポッター』『マトリックス』『リーサル・ウェポン』シリーズ、『JFK』『ラスト・サムライ』『硫黄島からの手紙』二部作等を監修。自身も『偉大な生涯の物語』『ソロモンとシバの女王』『イングリッシュ・ペイシェント』『老人と海』などの作品を字幕翻訳。著書に『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』(イーグレープ)、『字幕翻訳虎の巻 聖書を知ると英語も映画も10倍楽しい』(いのちのことば社)、『60歳を過ぎたら絶対観たい映画43』(産学社)などがある。

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