翻訳を勉強されている方と話すと、多くの方が「もっと語彙力が欲しい」と言われます。原語の言わんとするところは理解しています。でも、それを表現するしっくりくる日本語が思いつかないのです。そこで類語辞典を引いてみます。でも、そこには、しっくりくる日本語はなかなか載っていません。でも、何かしっくりくる表現があったことだけは確かな気がして、モヤモヤを続けます。さて、この方は、いつ、その「しっくりくる表現」にたどり着けるでしょう。
そんな語彙力にお困りの方には、この本を読むことをおすすめします。
ここで表見返しに記載されている言葉を抜粋でご紹介します。
語彙力のある人というのは、ただ単に「知っている言葉の数が多い人」ではない。「文脈に合わせて適切な語を選択する力を持った人」なのである。
本書では、語彙というものの中身についてよく知ったうえで、語彙力を「量」と「質」の両面から強化する22のメソッドを紹介、脳内の辞書を豊かにし、使用可能な語彙を増やし、それを効果的に表現に活用する方法を解説する。
本書ですが、このとおりの内容になっています。「量」を増やすだけでは、その言葉を理解できるようになっても、使いこなせはしません。「質」も上げることで、同じ事柄をあらわす異なる表現を意識的に使い分けられるようになり、その結果、必要なときに「しっくりくる表現」が浮かんできやすくなります。
「語彙についての基礎知識」「語彙の量を増やす」「語彙の質を高める」と3章で構成されていますが、「量」と「質」について、おおむね半々のボリューム感です。じっくり読んでも2日あれば読み終えられる程度の難易度です。といっても、内容が浅いわけではありません。必要な情報が、過不足なく、すっきりまとめられていて読みやすい本です。
タイトルに「トレーニング」とありますが問題集ではありません。ですので、この本を読み終えても、それだけで日本語が上達するものではありません。ただし、日本語に対する意識、感度は格段に上がると思います。この本の中に書かれているメソッドの1つからでも実践してみると、かならず語彙力は上がるでしょう。また、あらためて日本語の面白さに気づき、日本語が好きになるでしょう。
少しだけ中身をご紹介します。次は、「第三章 語彙の「質」を高める」の「(二)重複と不足を解消する」にある練習問題の一部です。
①まず最初に課長のあいさつがある。
②各自治体ごとにそれぞれ喫煙防止教育プログラムがある。
③来所によるご相談は事前予約をお願いします。
④コーヒーのミルク、いっぱい入れすぎてしまった。
上記の文章の問題点がわかりましたか?文字数制限のある字幕翻訳にも通じるメソッドですね。ほかにも「平仮名・片仮名・漢字の使い分け」など、字幕翻訳に応用できるメソッドが載っています。昨今は学校で字幕翻訳を勉強できるようになりましたが、そこで学ぶことは決して字幕特有のノウハウではなく、上手な日本語のノウハウだったんですね。
【執筆者】
関根 和久(せきね・かずひさ)
字幕制作歴30年ののち、現在はポニーキャニオンエンタープライズにて、映像制作、音声制作、字幕制作の制作総括。「現役中に出会えていれば~。」と思えた書籍を紹介していきたいと思います。