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【Book Review】『翻訳地獄へようこそ』(宮脇孝雄・著)/字幕翻訳にも通ずる出版翻訳の地獄、そして天国へ行くための技巧

翻訳地獄へようこそ
著者:宮脇孝雄
出版社:アルク / 発売:2011年
価格:1600円(税別) / kindle版:1224円(税別)

トライアルに合格できる翻訳者と、合格できない翻訳者、その違いは何でしょう。プロになるために最初に乗り越えなくてはいけない壁は、「原文の正しい解釈」です。それができて初めて、「流れのある自然な日本語」という壁に挑めます。この2つの壁が両者を隔てているのです。「なんだ、そんなこと」と思ったあなたは要注意。ナメてかかると地獄の苦しみを味わいます。

「正しく原文を解釈する」と「言葉の意味を知っている」は違います。話者の年齢、国籍、性別、境遇、心境、時代背景、文化など、すべてを理解した上で、何を伝えたいのかを読み解く必要があります。何か1つでも、小さな勘違いや思いこみをしただけで、とんでもない誤訳になってしまう場合があるのです。

この本は、そんな恐ろしい勘違いや思いこみをしやすい落とし穴について、残念な翻訳を例に分かりやすく解説しています。雑誌の連載エッセイを中心にまとめた本なので、読み物として軽く、読みやすく、楽しめる内容です。私のようにネガティブ思考の翻訳者が読むと、自分の翻訳が不安になって、読み進めるほど落ちこむかもしれませんが、落とし穴を回避する方法や、ツールとなる辞書や参考書も紹介してくれているので、ご安心を。

著者の宮脇孝雄氏は30年以上のキャリアを持つ翻訳家です。ミステリー小説を中心に多様なジャンルの出版翻訳を手がけています。字幕翻訳者ではありませんが、この本を読んでみると、小説の翻訳に必要とされる技法の多くは、字幕翻訳にも通じることが分かるでしょう。各章の内容を簡単にご紹介します。

1章:翻訳基礎トレーニング
原文を注意深く読み、調べることの大切さを説いています。よく見かける単語は、自分の思いこみで安易に訳しがちですが、辞書を引くと1つの単語にもたくさんの意味が潜んでいることが分かります。著者によると、「辞書は読みこむもの」。辞書によっては載っていない意味もあるので、納得できなければ数冊調べ、英英辞書も活用することを勧めています。

2章:翻訳フィールドワーク
物語の背景となる文化や歴史を知らないと、正しい解釈にたどりつけない場合があります。例えばアメリカとイギリスでは、同じ英単語でもまったく違うものを指すことがあるからです。舞台がどの国かによって、引く辞書も変わってくるのです。また、「nurse」などのように、時代によって意味が変わる単語もあります。安易に「看護師」としてしまうと、違う職業の場合もあるので注意が必要です。

3章:翻訳実践ゼミナール
最後の章では、自然で読みやすい訳文を作るヒントが紹介されています。例えば、短調になりがちな「ですます」調の文章の語尾に変化をつけるにはどうすればいいか、「翻訳弁」の代表格、「彼」「彼女」の多用を避けるコツなど、字幕にも役立つ情報が満載です。

翻訳者は、たった1つの訳を紡ぎ出すために、膨大な調べ物をして、何度も日本語をこねくり回すという大変な努力をしています。それを著者は「地獄」と表現しているのでしょう。

この本を読むと、自分の未熟さを思い知ることになるかもしれませんが、同時に、丁寧に調べ物をすること、時間をかけて表現を練ること、何より言葉に対して興味を持つことの大切さを思い出します。

まえがきは、このような引用で始まります。

天国への道は地獄からはじまる──ダンテ

地獄のような苦労の先に、自分の翻訳した作品が世に出る、という天国が待っているのです。「プロの翻訳者になる」と心を決めたなら、ぜひ地獄の扉を開いてみてください。

【執筆者】
吉野 智美(よしの・さとみ)
映像制作会社の字幕制作部で、コーディネーター、演出、チェッカーとして約10年間勤務した後、独立してフリーの字幕翻訳者になりました。本の紹介を通じて、実践で役立つ情報を発信していきたいと思います。


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