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【Book Review】『字幕に愛を込めて -私の映画人生 半世紀-』(小川政弘・著)/映画字幕の歴史と、字幕に対する深い愛情を感じさせてくれる一冊

字幕に愛を込めて -私の映画人生 半世紀-
著者:小川政弘
出版社:イーグレープ / 発売:2018年
価格:1800円(税別)

字幕翻訳者を目指す人にとって、おそらくすべての人に共通するのは「映画が好き」ということでしょう。映画の最後にクレジットされる翻訳者の名前を見て「字幕翻訳者になりたい」と憧れた人も多いと思います。ですが勉強に行き詰まったり、なかなか翻訳者になれなかったり、なんとか翻訳を始めても思うように仕事が来ないといった現実と向き合ううちに、次第にそんな気持ちを忘れてしまうこともあります。

そんな忘れかけていた「映画が好き」という気持ちや字幕翻訳に対する憧れを、改めて思い出させてくれるのがこの一冊です。

本書は1961年から46年間、ワーナー・ブラザース映画会社の製作室で映画の字幕製作に携わってきた小川政弘氏が、その半生の仕事を綴った本です。東北出身の大の映画好きの青年が、その映画への強い情熱から世界でも名だたる映画会社に入社し、翻訳をチェックする製作担当として多くの著名な字幕翻訳者たちと仕事をする中で得た経験と知識が、余すことなく記されています。

内容は下記の通り三部構成となっています。
第一部 「ワーナー映画と共にすごした半生」…ワーナー映画での当時の字幕製作とその歴史
第二部 「字幕翻訳考」…よい字幕翻訳者とは何か
第三部 「思い出のワーナー映画 半世紀」…著者が携わった約125本の映画作品の紹介と、その日本語版製作にまつわるエピソード

まず興味を惹かれるのは、第一部で、著者が製作に携わるようになった1977年当時の字幕製作の過程が丁寧に描写されているところです。今でこそ映画はデジタル化が目覚ましく、字幕製作の過程もだいぶ簡略化されましたが、その時代の製作は今とは比べ物にならないほど大変な作業だったようです。

例えば今では翻訳者は自宅のパソコンで映像を何度も見て、そこに自ら字幕をのせながら翻訳作業をすることができます。しかしビデオ素材が供給されるようになる前の1970年代までは、翻訳者が映像を見られる機会はたったの3回だったそうです。大変な集中力と記憶力が必要だったことが容易に想像できます。

さらに翻訳チェックが終わった原稿は字幕会社に回された後、タイトルライターと呼ばれる人々が独特の字幕文字で、タイトルカード1枚につき字幕1つを手書きで書いていました。本書ではあの独特な文字が手書きからフォント化された経緯にも触れています。

このような当時の技術を知るだけでも意味がありますが、本書のメインは第三部。『カサブランカ』から『ブレードランナー』、さらには『マトリックス』シリーズなど多くの魅力的な作品の紹介と、その字幕翻訳にまつわるエピソードがどっさり盛り込まれています。高瀬鎮夫・清水俊二両氏に始まり、戸田奈津子氏、石田泰子氏、松浦美奈氏など、字幕翻訳を目指す人なら必ず聞いたことのある、著名な翻訳者たちの素顔が垣間見えるエピソードの数々は、製作当時の空気をリアルに伝えてくれます。下記にいくつかご紹介します。

『エデンの東』(1955年)が公開から十数年後にリバイバル上映されることになった時、戸田奈津子氏が以前ビデオ用(劇場公開版は高瀬氏担当)に翻訳していた字幕を手直しして使おうとしたところ、戸田氏はその昔の自分の翻訳を見て「こんなヘタクソな訳、とても使えない」と言い、なんとゼロから全編訳し直したそうです。さらに自分で言い出したことだからとわずかなリライト料しか受け取らず、著者もプロ根性を実感したそうです。

また『いまを生きる』(1990年)は全寮制の学校に赴任してきた教師役のロビン・ウィリアムズと生徒たちとの物語ですが、その翻訳をワーナー映画から初めて松浦美奈氏にお願いしたそうです。すると松浦氏はこの映画に出てくるイエーツの詩を訳すにあたり、日本で出版されていたイエーツの詩集をすべて読破して翻訳に臨んだそう。その出来上がった翻訳はプロの詩人の方からも褒められるほどだったといいます。

そんな翻訳者たちと共に、著者が製作担当として言葉のひとつひとつに徹底的にこだわって字幕を作り上げていく様子からは、著者の映画への深い愛情と、字幕翻訳という仕事に対する強いリスペクトが感じられます。それは本書のこの一文にも表れています。

製作の過程で大変なことは、映画が100億稼ぐ超大作だろうが、1週間で打ち切りになるマイナー作品だろうが、仕事としては同じように手間をかけなければならないということです。製作というのは“裏方のプロ”であるという誇りがありますし、これは売れない映画だからといって、翻訳監修の手を抜いて、作品のクオリティーを落とすということは、私には性格的にもできませんでした。

今では技術も発達して作業時間も短縮され、字幕翻訳は何よりもスピードが重視される傾向にあります。しかし日本語の字幕というものをひとつの文化としてとらえ、情熱をもって技術を磨いてきた多くの先人たちの苦労の積み重ねの先に今があると思うと、字幕に携わる者としては背筋が伸びる思いがします。字幕翻訳に憧れた頃の気持ちを思い出し、いま一度、字幕というものに対して真摯に向き合いたいと思わせてくれる一冊です。

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【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。

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