『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)
全世界の女子の共感を呼んだレネー・ゼルウィガー主演の大ヒットシリーズ第1弾! 出版社に勤める32歳の独身女性ブリジット・ジョーンズの仕事とダイエットと恋愛の日々。(公式Blu-rayより)
映画の「名セリフ」というのはよく話題にあがります。「君の瞳に乾杯」のように有名なものから皆さんが個人的に心に残ったセリフまで、さまざまな「名セリフ」があると思います。そういったセリフの数々に影響を受けて字幕に興味を持った方も多いのではないでしょうか。
今回は『ブリジット・ジョーンズの日記』から、そんな「名セリフ」を取り上げてみたいと思います。現在4作目『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』(字幕翻訳:牧野琴子さん)が公開中の本シリーズですが、第1作目の字幕翻訳は戸田奈津子さんが担当されました。
繰り返し出てくるフレーズ
誰もが知る『ブリジット・ジョーンズの日記』の名セリフといえばこちら。
失敗したり人前でついバカなことを口走ってしまったり、いろいろうまくいかないことを抱えながらも自分らしく生きているブリジットに、マーク・ダーシーが自分の気持ちを伝えたセリフです。
マーク: I like you very much, just as you are. | それでも好きだ ありのままの君が |
字幕翻訳としてはほぼそのまま、とてもシンプルな訳ですね。語順も原音どおりなので日本語では倒置になりますが、そのぶん“just as you are”の部分が独立して際立ちます。原音自体がストレートに響いてくる告白の言葉なので、そのままの訳で十分な名セリフです。
そしてこのセリフ、この後も繰り返し出てきます。後日、TVリポーターの仕事で行った取材現場近くの売店で、ばったりマークに出くわしたブリジット。思わぬ遭遇に先日の彼の告白がフラッシュバックし、ブリジットは思わずこう口走ります。
ブリジット: Hi, | あら |
You like me just the way I am. | ありのままの私よ |
マーク: Sorry? | 何? |
よく見ると“just as you are”と“just the way I am”と若干違うのですが、意味は同じです。英語はこのようにちょっとした言い換えが入ることも多いですが、日本語では同じように「ありのまま」という表現にそろえてあります
さらに「~私よ」と少しアングルを変えた表現にすることで、この場面にピッタリのコミカルさも加わり、短くきれいにまとまっています。 さらに終盤、ブリジットの誕生日に友人たちが集まり、マークも同席します。ブリジットが作った失敗だらけのディナーを皆で食べ終えた後、乾杯しながら友人が言います。
トム: To Bridget, who can not cook, but who we love, | 料理はヘタ でも愛してる |
just as she is. | ありのままで! |
マークの告白のセリフを知っていた友人がわざと同じ表現を使っているので、もちろん字幕も同じ形になっています。
作品を体現する一言
物語の冒頭にシングルで迎えた30代の誕生日、そこから恋人ができたものの裏切られ、どん底に落ちながらも自分を奮い立たせ、仕事に邁進し、明るく生きてきたブリジット。そしてまた誕生日を迎えた彼女に贈られる「ありのままの君が好き」という言葉は、さらに深い温かみが加わったように感じられます。
このフレーズが本作の中でこんなに生きるのは、「いいところもダメなところもあるけど、それを隠さず等身大で生きるブリジットを誰もが好きになる」という、この作品全体を体現する一言だからでしょう。とてもシンプルですが、このあとのシリーズにも何度か登場する、象徴的なセリフです。
こういう何度も出てくるフレーズはへたに意訳するとどこかでうまくハマらなくなるので、なるべく手を加えすぎずに訳したいところですね。
名セリフは作品を超える
少し話はそれますが、本作を見直していたら思わぬ「名セリフ」を見つけました。物語の前半、上司のダニエルと付き合っていたブリジット。2人は週末旅行に出かけ、そこでボートに乗りますが途中でボートから落ちそうになるダニエルがとっさに言うセリフです。
I’m king of the world! | “世界は わがもの!” |
どこかで聞いたことがあるセリフだなと思ったら『タイタニック』のジャックのセリフの引用でしょうか。『タイタニック』も戸田奈津子さんが字幕翻訳を担当された作品で、その際は「世界は おれのものだ!」という字幕でした(原音は“I’m the king of the world!”)。尺のせいか少し変えてはいますが、同じつくりの字幕になっています。
こちらも名セリフとして取り上げられることが多いセリフなので、名セリフは作品を超えて思わぬところに出てくる可能性があるんだなと思いました。
言葉の意味を届けるために
名セリフというのは、言葉自体はシンプルなことも多いのですが、作品の中でとても重要な役割や意味を持っている場合がほとんどです。
そのセリフが作品全体に大きく影響する言葉だということを見極めて、直訳で意味が伝わればシンプルにそのまま訳し、伝わりづらそうであれば少し手を加えて分かりやすくする。そしてどのシーンでそのセリフが出てきてもそれが効果的に視聴者に届くように訳す。
映画の名セリフというのは、一見そのまま訳したように見えるものでも、翻訳者のそういった深い理解やちょっとした工夫を経て字幕になっているからこそ、原音の名セリフが視聴者にきちんと届いているのだろうと思います。
【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。
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