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『エターナル・サンシャイン』文字数制限から名訳が生まれる【名作映画と字幕翻訳】

『エターナル・サンシャイン』(2004年)
バレンタイン目前のある日。ジョエル(ジム・キャリー)は不思議な手紙を受け取る。
「クレメンタインはジョエルの記憶を全て消し去りました。今後、彼女の過去について絶対触れないようにお願いします。ラクーナ社」
クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)はジョエルが最近喧嘩別れしてしまった恋人。
仲直りしようと思っていた矢先に、彼女が自分との記憶を消去してしまったことを知りショックを受けた彼は、自らもクレメンタインとの波乱に満ちた日々を忘れようと、記憶除去を専門とするラクーナ医院の門を叩くが・・・。(公式DVDより)

字幕翻訳の最大の特徴であり、最も難しい部分ともいえる文字数制限。原文の意味や物語の背景を調べて理解する作業だけでも大変ですが、それを限られた文字数の中でアウトプットするというのは、まるで俳句のような、翻訳という分野を超えたスキルともいえます。

字幕を短くする方法は、語尾を減らす、情報の取捨選択をする、などいろいろありますが、今回は『エターナル・サンシャイン』から、字幕のまとめ方がかっこいいと感じたセリフをいくつかご紹介したいと思います。

本作の監督はミュージックビデオの映像作家として名高いミシェル・ゴンドリー。個性的な映像の演出がちりばめられ、ファンタジックかつ美しい映像の作品に仕上がっています。主演はジム・キャリーとケイト・ウィンスレットという異色の組み合わせで、脚本のチャーリー・カウフマンは本作で第77回アカデミー賞の脚本賞を受賞しました。字幕翻訳は稲田嵯裕里さんです。

今回は2014年にギャガ株式会社から発売されたDVDを視聴しました。

目次

“文章”という概念にとらわれない

モントークからの電車内でジョエルに声をかけたクレメンタイン。到着したニューヨークで、今度はジョエルが徒歩で移動しようとするクレメンタインに声をかけ、家まで車で送ります。その車の中でクレメンタインがジョエルに「私をストーカーしてるんじゃないわよね?」と聞くシーンです。

① クレメンタイン:
You’re not a stalker or anything, right?

もしやストーカー?
② ジョエル:
I’m not a stalker. You talked to me, remember?

声をかけたのは君だろ

①は「あなたはストーカーとかそういうのじゃないわよね?」という1つの文章ですが、日本語では「ストーカー」という名詞に「?」を付けるだけで意味が通ります。ここでは「もしや」をつけてよりニュアンスが出していますが、なんなら「もしや」がなくてもここの会話は成立します。

そもそも英語は主語・述語・目的語という文章構造があって初めて意味が伝わる言語です。それに対し日本語は主語含め多くの省略が可能で、文脈や状況から意味を理解するハイコンテクストな言語。英語の“文章”という概念にとらわれなければ、こんな風に名詞ひとつに置き換えても伝わる言語なんだと分かります。

実際、自分たちの会話を思い浮かべても、単語だけでその前後をくみ取り、それで会話が成立していることってよくありますよね。

漢字の単語に意味を凝縮する

交際中、情熱的になんでも話す自分に比べ多くを語らないジョエルに対し、クレメンタインがちょっとした不満を漏らすシーンです。


You don’t tell me things, Joel.

秘密主義ね

I’m an open book.

私は逆よ

I tell you everything. Every damn embarrassing thing. You don’t trust me.

何でも話すわ
みっともないことでも

①は原文You don’t tell me thingsを、「話してくれないこと」→「秘密」と凝縮することによってたった5文字に収め、②は①からの流れを使って全体を「逆」という1文字に凝縮させることによって4文字の字幕に収めています。どちらも1秒で読める字幕に仕上がっていますが、原音にあるカップルの関係性をきれいに表しています。

漢字というのは1文字で意味を多く込められるので、原文の意味を表すのに適切な単語さえ見つかれば文字数削減に大変役立ちます。ただポイントとしては、その適切な単語は結構な確率で英文からの直訳ではない、ということです。

日本語として決まる一言

最後に取り上げる字幕は、まだ同棲中の女性がいるジョエルが、クレメンタインをデートに誘ったときの彼女の返答です。


Look, man, I’m telling you right off the bat I’m high maintenance,

言っとくけど
私は1番でいたいの

So I’m not gonna tiptoe around your marriage…

陰の愛人なんて
まっぴらよ

Or whatever it is you’ve got going there. If you wanna be with me, you are with me.

つき合いたきゃ
私だけの男でいて

①のhigh maintenanceは「よい状態を保つのに手がかかる」=要望や要求が多い人、手がかかる人といったニュアンスですが、それを「1番でいたい」と表現し、②のtiptoe around your marriage(あなたの結婚を避けてまわること)を「陰の愛人」と一言でイメージできる名詞に置き換えるなど、日本語としてはちょっと訳しづらい原音を自然な日本語に落とし込んでいます。そして何より③の「つき合いたきゃ/私だけの男でいて」は短くまとまっているだけでなく、日本語のセリフとしてビシッと決まる、かっこいい一言になっています。

決まる一言というのは、原文の意味を理解したあと「日本語で同じ意味は何だろう」という方向より「日本語ではこういうシチュエーションでどんなセリフを言うだろう」という方向の変換から生まれるように思います。そのパターンの蓄積が自分の中に多ければ多いほど、原文の表現に近く、短くまとめた一言にたどりつけるのかと思います。

文字数制限は敵ではない

文字数制限は本当にやっかいで、翻訳していても入れたい情報が入らなくてもどかしく思うことの連続だと思います。ただ一方で「文字数制限から名訳が生まれる」と言われることも多いのは、その文字数内に収めるためのさまざまな工夫をすることによって、芯をとらえたすばらしい訳が生まれるからです。

特に日本語は言語的に、工夫のしがいがある言語だといえます。その工夫こそ字幕翻訳の醍醐味でもあるので、そこに苦しむのではなく、ぜひ楽しんでみていただければと思います。

【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。

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