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『続・夕陽のガンマン』吹替で広がる新たな世界【名作映画と字幕翻訳】

『続・夕陽のガンマン』(1966年)
南北戦争の混乱の中、賞金稼ぎのブロンディーは賞金がかかった悪党と手を組んで荒稼ぎをしていた。そんな折、巷で話題になっていた20万ドルを盗み隠した男の死に際に出会う。たった一人隠し場所を訊いたブロンディー。だが彼の周りには軍隊、賞金稼ぎ、賞金首の男……それぞれの男たちの欲望が、友情と裏切りの狭間で死闘を繰り広げるのだった。果たして20万ドルは本当にあるのか? 最期に手にするのはいったい誰なのか……?(公式Blu-rayより)

1月にvShareR SUBが主催したオンラインイベント「vShareR映像翻訳祭2025」。その中で翻訳者の松崎広幸さんと吹替演出家の松岡裕紀さんをお招きして「吹替を極める」というセッションを行いました。字幕・吹替の違いを含めて吹替制作を深堀りする内容で、その表現方法の違いに興味を持たれた方も多いのではないかと思います。

そこで今回は吹替ならではの魅力がつまった作品を取り上げ、字幕と比較しながら、吹替表現の特性を探ってみたいと思います。

セルジオ・レオーネ監督による西部劇『続・夕陽のガンマン』はマカロニウエスタンの最高傑作ともいわれ、多くの映画監督に影響を与えた1本です。クリント・イーストウッド、イーライ・ウォラック、リー・ヴァン・クリーフという3人の俳優の存在感と、エンニオ・モリコーネの壮大な音楽が際立った作品で、最初に日本で劇場公開されたのは1967年の字幕版、続いて1973年に吹替版がテレビ放送されました。今回参考にしたBlu-rayでは字幕翻訳を宍戸正さん、吹替翻訳は木原たけしさんが担当されています。

目次

キャラクターを表現する幅の広がり

『続・夕日のガンマン』の英語タイトルは“Good、Bad and Ugly”ですが、これは3人の登場人物を指しています。クリント・イーストウッド演じるブロンディー(The Good)、その詐欺仲間のトゥーコ(The Ugly)、最も悪党のエンジェル(The Bad)(※)。この3人が大量の消えた金貨の行方を追って争います。

※ 吹替では名前は「トゥーコ」→「トーコ」、「エンジェル」→「ハゲタカ」

よくある「悪役とヒーロー」という設定ではなく、全員が荒くれ者のガンマンという設定のなかでのThe good/The bad/The uglyであり、この3人のキャラクターが本作の要です。冒頭と終盤で、それぞれ3人の紹介のような形でインサートテロップが入るのですが、その対訳がこちらです。

原語字幕吹替
The Good 善玉俺、いい人
The Bad悪玉俺、悪い奴
The Ugly卑劣漢俺、汚い奴

オリジナルではテロップのみで音声はないのですが、日本語吹替版ではあえて吹替音声で読み上げられています。字幕も彼らを表すのにぴったりなコンパクトな日本語ですが、吹替は自己紹介のようなくだけた対訳になっており、さらに声優の演技が加わるので、キャラの特性がよりはっきり伝わる面白いつくりになっています。

吹替だと日本独自の単語でもあまり違和感がない

海外ドラマの字幕翻訳では「日本的すぎる単語を使うと違和感が出る」ということがしばしばありますが、吹替だとそういう言葉もあまり違和感なく聞こえます。

金貨を追う中で北軍に志願兵と言ってもぐりこむことになったブロンディーとトゥーコ。2人に対し、軍の大尉がちょっとふざけて「軍人になるには酒が飲めるかどうかが大事だぞ」という話をする時のセリフです。

原語字幕吹替
Like it says in the manual …手引書に載ってる虎の巻に書いてあるぞ

原音のmanualを「虎の巻」とするのはいくら意味的に合っていても、字幕では少々日本語的すぎて英語と合わせて聞くと違和感を覚える人もいるでしょう。ですがすべてが日本語でのやり取りになっている吹替ではそんなこともなく、冗談まじりに話しているシーンの雰囲気と合ってさらっと入ってきます。

次はトゥーコが入浴中に現れた追っ手を射殺した直後、そこに入ってきたブロンディーがまだ服を着ていないトゥーコにむかって言うセリフです。

原語字幕吹替
Put your drawers on
and take your gun off.
パンツをはいて銃を置け銃を捨てて、汚ねえももひきをはけ

drawersは男性の下着のことですが、英英辞典で調べると“underwear covering the area between the waist and the tops of the legs”。日本語だと「パンツ・ズロース・ズボン下」などの訳語が見つかります。

ここで使われてる「ももひき」はその日本語っぽさから字幕だとなんだか浮いてしまいそうな単語です。ですがここは荒くれ者のおじさん同士の会話。吹替の「汚ねえももひき」はまさに日本語の「おじさんの下着」をイメージする言葉として、面白くハマっています。

表現の自由度が高い

字幕は原音から完全に離れた訳をあてることはあまりありませんが、吹替は日本語としての自然さが何より大事なので、場合によっては若干の創作を入れた膨らませ方をすることもあります。

物語の序盤、報奨金めあての人々に狙われるトゥーコ。そこにブロンディーが現れ、そいつは自分の獲物だと言って介入する時のセリフです。

原語字幕吹替
But you don’t look like the one
who’ll collect it.
だが お前の手には
入らねえぜ
だが、そいつを裁けるのは
おめえらじゃねえ
Couple step back.下がれちょいともんでやろうか

2文目の“Couple step back.”の対訳は、字幕は原音に忠実で、吹替は場面に合わせて膨らませた表現になっています。ここはブロンディーが最初にまともに登場するシーンでもあり、映像はブロンディーの後ろ姿のアップから入ります。まだどんな人物か分からないが強そうな奴が出てきた、という凄身が伝わるような訳で雰囲気を盛り上げています。

そして終盤、やっとのことで金貨を見つけたトゥーコとブロンディー。ですがブロンディーはこれまでのトゥーコの自分への仕打ちの仕返しに木からトゥーコを吊るし、置き去りにして立ち去ります。吊るされながら少しずつ遠ざかっていくブロンディーを見て、トゥーコが思わず叫んだセリフです。

原語字幕吹替
Blondie! Blondie!ブロンディー! ブロンディー!ブロンディー! ごめんなさーい!

去っていくブロンディーの名を何度も叫ぶシーンですが、吹替は最後だけ「ごめんなさーい」となっており、バックで流れる音楽や絶妙な間とあいまって最高に面白い一言になっています。字幕ではなかなかここまでできない、吹替ならではの楽しい表現です。声優の方のアドリブかもしれないですね。

* * * * *

字幕と違って息ひとつまで日本語の声に置き換える吹替は、翻訳に込められる情報も表現の幅も広がります。さらに翻訳原稿だけですべてが完成するのではなく、そこに演出や声優の演技やアドリブが入って最終形となります。そういう様々な要素を想像しながら翻訳していくという作業は、字幕翻訳とまた違った醍醐味があるのだろうなと思います。

字幕翻訳を勉強中だと視聴する際も字幕版、と決めてる方も多いと思いますが、翻訳においてはどちらの特性もある程度知っておくと、また新たな世界が広がっていくのではないでしょうか。

【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。

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