『スクール・オブ・ロック』(2003年)
いつまでたっても大人になりきれないデューイはロックを愛する熱い男。生活費を稼ぐ必要に迫られた彼は、バイト気分で名門小学校の代用教員になる。ところがある日、ひょんなことから生徒たちの音楽的才能を発見。“授業”と偽って子供たちとロック・バンドを結成したデューイは、念願だったバンド・バトルへの出場を目指す!(公式Blu-rayより)
数ある「音楽もの」と言われるジャンルの映画作品の中で、その代名詞ともいえる『スクール・オブ・ロック』。主演のジャック・ブラックは無類のロック好きで有名ですが、彼の友人である脚本のマイク・ホワイト(親友役として本作に出演)、そして監督のリチャード・リンクレーターの3人が、彼のロック愛を体現させた作品ともいえます。日本での公開は2004年、字幕翻訳は太田直子さんが担当されました。
音楽ものといえば歌詞字幕が注目されますが、本作は何曲も歌詞が出てくるわけではなく、フルコーラスの歌詞が出てくるのは、クライマックスに生徒たちがステージで披露するオリジナル曲の「School of Rock」くらいでしょうか。ただそこにたどり着くまでに、ボルテージをガンガン上げてくれる数々の字幕も見ていきたいと思います。
オノマトペと字幕の相性
ジャック・ブラック扮するデューイは、成り行きで教師になりすまし、子供たちの前で授業をすることになります。最初は教えることもなく退屈していたデューイですが、子供たちにロックを教えることを思いついたとたん急にイキイキし始めます。
That’s good. Slap it. | よし 手をパチン |
I will be singing lead vocal and shredding guitar. | リードボーカルと ギンギンのギターだ |
Zack, dude, what’s up with the stiffness, man? You’re looking a little robotronic. | ガチガチの動きは何だ? ロボットみたいだぞ |
これらはデューイが子供たちに音楽を教えていく中で言うセリフですが、Slapを「パチン」、shreddingを「ギンギンの」、the stiffnessを「ガチガチの」など、オノマトペ(擬音語・擬態語)をうまく使って訳出されてるのが分かります。
オノマトペは一見、あまり字幕に適さないようにも思えるのですが、ジャック・ブラックの全身で感情を表すような演技のせいか、または音楽を扱っている話だからか分かりませんが、これがぴったりハマっています。
字幕は文字で読む言葉なので、基本的には崩し過ぎない言葉が好まれます。また文字数制限を考えると、オノマトペに文字数を割くより漢字で意味を出したほうがより多く情報を伝えられる気がしてしまいます。
ですがそもそも日本語はオノマトペがとても多い言語。作品や演技によってはそれらをうまく字幕に取り入れることで、より多く伝わるものもあるんだなと思いました。
笑いの要素のバランス
ジョークなどの笑いの要素をどこまで出すか、というのは字幕翻訳では常に悩むポイントかと思います。もちろん言語が違うのでそのまま訳出はできませんが、コメディ作品としてはさりげない笑いを入れられるところはなるべく入れたいですよね。かといってあからさまに出すと浮いてしまうので、そのさじ加減が難しいところです。
これはキーボードのローレンスが、自分はイケてないのでステージに立たないほうがいい、とデューイに相談に来た時のやり取りです。
デューイ: but if you’re in a rocking band, you’re the cat’s pajamas. | デューイ: たとえ世界一ダサくても ロックをやれば── |
You’re the bee’s knees. | 超人気者で ひっぱりだこだ |
ローレンス: Bee’s knees? | ローレンス: タコ? |
Bee’s kneesはスラングで「最高のもの、一流のもの」という意味です。そこをとっさに聞き返すシーンですが、日本語でも意味がズレない慣用句にしたうえ、聞き返し方から小さな笑いが生まれています。
次はメインギターのザックに、ギターの「パワースタンス」を教えるシーン。デューイが足を前後に広げて立つスタンスをつくりながら言うセリフです。
That’s it. You own the universe. | 世界を股にかけろ |
原音のセリフ自体がジョークになっているわけではありませんが、ディーンとザックのスタンスをつくる映像がすでにちょっと面白いシーンなのでやりすぎ感もなく、妙に映像にマッチして笑ってしまいます。よくこんなぴったりの日本語を思いつくものだな、と思いました。
高まった感情をさらにぶち上げる歌詞字幕
物語のクライマックス、ニセ教師とバレてしまい、家でふて寝しているデューイ。そこに生徒たちが迎えに来て、全員でステージに立ちます。ここで演奏される曲の歌詞字幕が、また最高に感情を盛り上げてくれます。本当はフルコーラスでご紹介したいのですが、ひとまずサビの部分だけ挙げておきます。
And if you wanna be the teacher’s pet Well, baby, you just better forget it Rock got no reason Rock got no rhyme You better get me to school on time | 教師のペットでいたけりゃ── 何もかもあきらめな ロックは意味なし リズムなし 遅刻せずに学校へ |
日本語で韻を踏むとどうもダジャレっぽくなってしまいがちですが、音をなぞるだけでなく、一見してメッセージが伝わる歌詞になっています。歌詞字幕は特に「読んでる」という感覚になってしまうと音楽が台無しになってしまうので、分かりやすく、でも説明的にならず、リズムにも乗っていて、しかもそれを原音の意味から離れすぎないように…なんて、本当に至難の業だなと思います。
曲はこんな歌詞で終わります。
This is my final exam Now y’all know who I am I might not be that perfect son But y’all be rocking when I’m done | これが最終テスト 俺の正体はバレた ロクな奴じゃなかったが── 俺が消えてもロックしろ |
最後の「俺が消えてもロックしろ」は名言としてもよく取り上げられますが、作品の流れで見るとジャック・ブラックがイケメンに見えてくるほどかっこいい歌詞になっていますので、ぜひ通して見て頂ければと思います。
こういう部分だけにフォーカスすると、本作の字幕が少し奇抜で個性のある字幕のように感じられてしまうかもしれませんが、一番すごいと思ったのは、今回久々に本作を見直した時、「やっぱりジャック・ブラックの演技と音楽が最高!」としか思わず、字幕の記憶があまり残らなかったことです。後から意識して字幕を見ていくと細かい部分に気づきますが、それだけ物語に没頭していたのだと思います。
「読んだ気がしない字幕が理想」というのはよく言われますが、そのためにはあっさり訳すことだけが必要なのではなく、作品を理解し、それに寄り添う工夫をすることで実現できるんだなと改めて感じた1本でした。
【執筆者】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。
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