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『カッコーの巣の上で』ハリウッドの巨額投資ビジネス|アカデミー賞受賞作品の舞台裏 第3回

1976年 アカデミー賞 作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞・脚本賞
『カッコーの巣の上で』
刑務所から逃れるために精神病院に入った主人公のマクマーフィーは、施設内の患者たちと次第に心を通わせていく。しかし「自由」を嫌う管理主義的な婦長と対立。人間を管理しようとする病院と自由を勝ちとろうとする患者の間にはやがて悲劇が──。この作品を含めてアカデミー賞を3回受賞した名優ジャック•ニコルソンが主演。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の博士、ドク役のクリストファー・ロイドも名演技を見せている。当時、製作費は約3百万ドルだったにも関わらず、公開されるとアメリカ国内の興行収入だけで1億ドルを超え、30倍以上の利益を上げた。

目次

巨大ビジネスの全体像

1976年にアカデミー作品賞を受賞した『カッコーの巣の上で』は、名優ジャック・ニコルソンにとっても代表作の1つとされる名作です。1998年にアメリカ映画協会が選んだアメリカ映画ベスト100では、第20位に選ばれました。只、今回は、映画の素晴らしさではなく、ハリウッド映画の巨大マネー構造。その裏側を見ていきます。

さて、ハリウッドの映画ビジネスはご存知の通り巨大です。ディズニーが20世紀FOX社を買収した際、その額は713億ドル、当時の日本円で約7兆8000億円だったと言われています。日本にいる大人が約1億人と仮定すると、1人当たり7万8千円を出して1つの会社を買収した計算になります。買収後、ディズニーは20世紀FOX社が権利を持っていたスター•ウォーズ・シリーズを制作。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』は約300億円の制作費でしたが、上映されるや、あっという間に世界で2000億円以上の興行収益を上げたとされています。

『スター・ウォーズ』をつくり出したジョージ・ルーカスの資産は、約100億ドル(1兆円以上)で、スティーブン・スピルバーグ監督を上回っています。これは最初の『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』を公開する際に、グッズの権利を20世紀FOX社に渡さなかった為と言われています。

世界ビジネス全体を見てみましょう。時価総額の企業ランキングでは、頂点にアップル、マイクロソフト、アマゾン等の企業がいます。ディズニー社も20位台に入っています。日本企業で一番上にいるのは30位台のトヨタ自動車になります。つまり、ハリウッドのエンタテインメント産業は、世界の自動車産業にも負けない巨大産業です。

1980年にオーストラリアで作られた小さな映画、『マッドマックス』は当時20万ドル(日本円で約2200万円)で作られました。それが世界中で大ヒットとなり、興行収入は約5000万ドル(約55億円)。製作費の250倍です。投資額の250倍になるビジネスはそれほど世の中に存在していません。映画製作の場合には運まかせではなく、自分で脚本を選んだり俳優や監督を集めたり、自分の能力やネットワークを使って成功へと導けるのです。

『カッコーの巣の上で』は制作費に対して、アメリカ国内の興行収入だけで30倍以上になったわけですが、それだけではありません。アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と主要5部門を受賞。それから半世紀の間、テレビ放送権、ビデオ発売権、DVD発売権と様々な形体でお金を生み出し続け、今ではネット配信権という形で富を生み出しています。

さて、この金の卵を産むガチョウような映画をプロデュースしたのは誰でしょうか? 実は、みなさんご存知の俳優マイケル・ダグラスです。『氷の微笑』『危険な情事』『ロマンシングストーン 秘宝の谷』『ブラック・レイン』等で知られています。しかし、当時、テレビ俳優として活躍していたマイケル・ダグラスは壁にぶつかっていました。1970年代、基本的にテレビは無料で見るもので、劇場映画はお金を払って見るものでした。つまりテレビ俳優が映画スターになることは大変に難しかったのです。テレビで先に有名になった俳優で映画俳優へと転身できたのは、クリント・イーストウッドくらいでした。現在のように俳優が自由に映画とテレビ両方に出られる時代ではありませんでした。そのためテレビ俳優は経済的な収入においても限界がありました。そこで、マイケル・ダグラスは特別な手法でハリウッドの頂点を目指したのです。

自己プロモーションの成功

マイケル・ダグラスは、俳優としてではなく、プロデューサーとして映画に参入することにしたのです。人気テレビ番組の主役を予定よりも1年早く切り上げて、映画『カッコーの巣の上で』の制作をはじめたのです。元々、小説はベストセラーであり、その映画化権を父親、カーク・ダグラスが持っていました。マイケル・ダグラスは成功に必要だと考える優秀な監督、俳優、脚本家を自力で集め、撮影場所となる精神病院も自ら手配しました。映画は見事にアカデミー賞5部門を受賞。マイケル・ダグラスは、アカデミー作品賞となった映画を制作した一流プロデューサーとしてハリウッドで地位を確立したのです。

マイケル・ダグラスは、次に、自分が主演する映画をプロデュースします。それが『ロマンシングストーン 秘宝の谷』です。自分で映画を作るのですから、主役がテレビ俳優であっても関係ありません。この映画も大ヒットとなります。劇場公開だけで、制作費の8倍以上の興行成績を上げます。見事、マイケル・ダグラスは世界的な大ヒット映画の主演俳優となったのです。この後、大ヒット映画に続けて主演したマイケル・ダグラスは『ウォール街』でアカデミー主演男優賞も受賞。現在の資産は約3億5千万ドル(400億円以上)と言われています。

巨大タイタニック的な成功例

もちろんハリウッド映画、すべてが黒字になるわけではありません。ある研究者は制作費が100億円規模の大作映画でも、劇場興行収入のみで黒字にる映画は全体の3分の1だけとしています。只、制作費が超巨額で400億円以上の超大作映画になると、4分の3は黒字になるとしています。

ハリウッドにおける、「リスク」と「利益」。それが分かりやすいのが、映画『タイタニック』です。20世紀最大の興行成績をあげた映画『タイタニック』。ジェームス・キャメロンは当時すでに『ターミネーター2』などを監督し、トップクラスの映画監督でした。しかし『タイタニック』の制作費があまりに膨れ上がったことで、スタジオから一時ストップがかかります。その時にスタジオ側は「撮影を継続しても良いが、もし、この映画が赤字になったら、キミの監督費8百万ドル(当時約8億8千万円)はゼロにする。そしてキミの次回作の映画の監督費からも引かせてもらう」と言ったそうです。つまり、失敗しても、次の作品で取り戻してくれ! とキャメロン監督に言ったわけです。キャメロン監督はOKをしました。 しかし、その後、更に映画の制作費が膨らむと、スタジオ側がもう一度、監督に相談します。「あまりにタイタニックの制作費が高くなっているので赤字になったら、次のキミの作品の監督費と、その次の作品の監督費も、ゼロにしてもえないか?」さすがに、キャメロン監督は、NOと断ったそうです。この話は監督自らインタビューで何度か話しています。結果的に、歴史上最大のヒットとなったわけですが、監督と映画会社との最終的な契約はこうなっていました。<赤字になった場合には、8百万ドル(約8億8千万円)の監督費はゼロ。その代わりに、黒字になった場合には、映画の収益からも出来高払いでもらう>   結果、キャメロン監督には、なんと、約6億5千万ドル(当時の日本円で700億円以上)が支払われたそうです。

利益を上げるための宣伝活動

ビジネスを成功させるためのプロモーション活動。これもハリウッドが持つ大きな剣と言えるでしょう。ハリウッドで目立つのがその宣伝費です。制作費が15億円くらいの規模の映画の場合、広告費が15億円よりも多いことが多々あると言います。小さめの映画は宣伝しないと見てもらえないということなのでしょう。逆に、制作費が100億円を超える映画の場合、一般的に、広告費への比率は下がり、制作費の半分位と言われています。それでも、100億円かけてつくった映画の宣伝に50億円をかけるという計算です。

ハリウッド映画がアメリカで上映される際、チケット代金の約6割が制作したスタジオに入ると言われています。海外の劇場の場合には、チケット代の2割~4割が制作したスタジオに入ると言われます。アメリカ国内の方が利益率は良いわけですが、アメリカの人口は3億2千万人位、世界は78億人位なので規模が違います。

ハリウッドの映画スタジオは、世界に対して二つのパイプを持っていると言えるでしょう。長年に渡り世界中の人々が楽しめる映画を制作してきたことで、他の国にはないものをハリウッドの映画スタジオは持っています。

一つは、各国とのパートナーシップです。ハリウッドが制作した素晴しい映画を公開したいという各国の配給会社に対して、「わかりました。あなたの国で我々の映画を公開して利益を一緒にあげましょう」という契約を結ぶことができます。アメリカで既にヒットしていたり、有名監督の映画、製作費が高い映画、など、ほぼ間違いなくヒットするであろう映画に対して、各国の配給会社はお金を払って契約をします。ハリウッドほどの実績がなければ、映画を買ってもらう際には、映画祭に出て自分の映画を各国の配給会社の人々に見てもらったり、デモテープを送ったりしなければなりません。その後、値段交渉に入るわけです。しかしハリウッド映画の場合には、各国の配給会社から「我々の国でも大勢の人々が見ると思うので権利を売ってください」と来てくれるわけです。確立されている信用から、世界中で最高のパートナーを見つけやすいのです。各国でパートナーとして映画を配給することになった会社は、その映画を多くの人に見てもらえるように国内で宣伝もしてくれるのです。つまり映画を制作したハリウッドスタジオはお金をもらったのに加えて、宣伝費も抑えることができるのです。

二つ目は、映画スタジオだけではなく人も有名だという利点です。トム・クルーズのような世界的に有名な俳優をキャスティングすれば、各国の人々は自然とその映画に興味を持ってくれます。公開前に映画に出演した有名人が各国を訪問すればテレビ局から出演依頼がきて番組内で映画の宣伝もできます。トム・クルーズは中国やフランスでも大変に人気があり、メディア側から喜んでハリウッドスターの映像、写真、記事を広めてくれるのです。テレビや新聞で広告を出そうとすれば多額の費用が必要となりますが、テレビ局や新聞社の要望で取材されればお金はかからない訳です。

今回、ハリウッドを投資ビジネスの面から見てみましたが、なんといっても成功への時間が特徴的です。例えば、スピルバーグ監督は1982年に『E.T』が公開された時点で世界的な有名人でした。1986年に『トップガン』がヒットした際、トム・クルーズも世界で最も知られたスターの一人でした。しかし、二人ともそこから10年前にさかのぼると、ほとんど無名なのです。ハリウッドで作られる作品においては公開後に世界的な大成功へとつながる確率も高く、そこには大きな投資ビジネスが存在しているのです。

【執筆者】
ヨネットマン / yönetmen
1994年にカリフォルニアの大学にて映画科を卒業後、LAの黒沢明事務所にて仕事をスタート。その後、日本でドキュメンタリー番組、旅番組などを演出。イスタンブールのテレビ局でも番組制作をするなど、映像制作業界にて26年のキャリアを持つ。

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