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『戦場にかける橋』時代に合わせるプロ、ハリウッド|アカデミー賞受賞作品の舞台裏 第2回

1958年 アカデミー賞 作品賞・監督賞・主演男優賞・脚色賞・撮影賞・作曲賞・編集賞
『戦場にかける橋』

第二次世界大戦下のタイとビルマの国境付近。日本軍の斉藤大佐が所長を務める捕虜収容所に、ニコルソン大佐率いるイギリス軍捕虜が送られてきた。斉藤大佐は、同じく捕虜のアメリカ軍のシアーズと共に橋の建設を彼らに命令するが──。主演は、のちに『スター・ウォーズ』でオビワン・ケノビを演じるイギリスの名優アレック・ギネス。そして、ハリウッド草創期のスタートとして「悲劇のハヤカワ、喜劇のチャップリン、西部劇のハート(ウィリアム・ハート)」と並び称された早川雪舟が斉藤大佐を演じている。

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アカデミー賞7部門受賞の超大作

超大作映画というと、どの作品を思い浮かべるでしょうか。『スター・ウォーズ』や『タイタニック』など巨額の制作費が注ぎ込まれ、巨大なセット、大勢のエキストラ、最先端技術などを駆使した映画は多くあります。

『戦場にかける橋』もハリウッドが莫大な利益を目指し、巨額の投資をして制作されました。結果的に制作費300万ドルの約9倍となる2720万ドルの興行収入を達成しました。多くのお金を投資してより多くのお金の配当を得るハリウッドの方式にはまったわけです。

当時はネット配信どころかDVDもVHSもありません。まさに映画館にどのくらいの人が足を運ぶかが勝負だったのです。そのため、観客が行きたいと思う映画を作る必要がありました。『戦場にかける橋』は1958年にアカデミー賞で7部門を受賞した名作映画ですが、観客を集めるという目標のためにあることをしなければなりませんでした。映画を歴史的事実と異なった内容にせざるを得なかったのです。

観客は誰か?

『戦場にかける橋』は歴史的事実を土台として売り出した映画です。そういった意味では、『アラビアのロレンス』『クレオパトラ』『タイタニック』などに近いカテゴリーに入ります。しかし、どの作品もドキュメンタリーではありません。

例えば『タイタニック』。実際のタイタニック号では、救命ボートの多くは定員の半分にも満たないまま海に放たれたという記録があります。そうなりますと、海を長いこと漂流していたジャック(レオナルド・ディカプリオ)は救命ボートに乗れてしまうかもしれません。映画は、おもしろくするためには事実をそのまま表現できない事情があるとも言えます。

『戦場にかける橋』も同様で、歴史的事実とは異なる点が見受けられます。日本人主導では建設できそうにない橋をイギリス人主導で作る、というのが物語の軸ですが、実際は日本軍が指揮を取って建設しました。

当時の日本の鉄道建設は世界一であったと言う学者もいます。日本は山地が多く、鉄道を作るには山、谷、森、川などを貫く必要があります。1988年に開通した世界一長いトンネルである青函トンネルを作った日本は、戦前から高度な鉄道建設技術を持っていたとされます。

事実、クウェー川鉄橋(『戦場にかける橋』の舞台であり、作中で建設される鉄橋)を通過してタイとビルマ(現・ミャンマー)をつなぐ全長415キロの泰緬鉄道を、太平洋戦争中に日本軍はわずか1年3カ月で開通させました。英領ビルマ時代にイギリスもこの鉄道の建設を考えていましたが、ジャングルの厳しい環境を見て10年かけても無理だと諦めたそうです。現在もタイに残るその鉄道を訪れる西洋の建築士は、技術の素晴らしさに感銘受けると数々のドキュメンタリーで語っています。

しかし、映画としては「日本人が橋を作る」ではなく「日本人が建設を諦めた橋をイギリス人が作る」にしたほうがアメリカやイギリスの観客への受けが良いわけです。日本の観客からの収益よりも米英の観客の収益のほうが当然大きいものです。「観客が誰なのか?」を強く意識しての映画製作が感じられます。

また、映画が公開された1957年は戦後わずか12年です。イギリスにとって、日本というアジアの国に負けて植民地を奪われ、6万人を超える捕虜が強制労働させられた過去は、快いものではありません。映画のなかでは、イギリス人捕虜たちはユーモアがあり、紳士的で建設技術も日本より高いものとして描かれています。そうした描写は西洋の観客にとって見ていてうれしいものになります。

一方で、日本に対する気遣いも見て取れます。1957年は冷戦期であり、日本は米英の味方でした。そのため、日本軍がイギリス人捕虜を冷遇し、強制労働させた様子は残酷に描かれていません。現実には、1万人を超えるイギリス人捕虜が死んだという説もありますが、映画を見終わった観客が日本人を嫌いになるような演出はそれほどされていません。それよりも「米英はすごい!」というかたちで描かれています。

湾岸戦争と『アラジン』

『戦場にかける橋』のプロデューサーたちは、アメリカや世界の情勢を見ながら、観客に受ける映画を制作しました。ハリウッドはアメリカ映画ではなく「世界の人々の映画」を目指しているのです。

そんなハリウッドの姿勢が顕著にあらわれている映画があります。1991年1月に世界を変える戦争が始まりました。サダム・フセイン率いるイラク軍に対して、アメリカなどの西洋諸国が戦った湾岸戦争です。アラブ人は全員が悪人で危険な人というイメージがついてしまい、当時カリフォルニアにいた私は、アラブ系の人は道を歩くにくいだろうなと思ったほどでした。

しかし、翌年1992年にディズニーがいち押しで公開した映画が、なんと『アラジン』です。アラブを舞台にしたアラブ人が主人公のこの映画はアメリカで大ヒット。1993年のビデオ販売本数ではアメリカで年間1位となりました。

アラブが西洋に嫌われている時期にあえてアラブを舞台にした映画を世界でリリースすることで、ディズニーは国籍を持たない世界市民として、すべての国からの愛を得ることができました。仮に、同じ時期にアラブを舞台にした映画を日本が作った場合、「今は公開しないほうがいい」という判断になったかもしれません。そんな状況をディズニーは逆手に取り、世界に愛されるチャンスを得たといえるでしょう。

ベトナム戦争の映画も多くあります。『ディア・ハンター』『プラトーン』『グッドモーニング、ベトナム』『カジュアリティーズ』など。映画ではベトナムよりもアメリカが正しいという雰囲気がありながらも、ベトナムにも正義があるという内容が盛り込まれています。アメリカと敵対している国の人々も楽しめる映画、西洋人が常に正しいわけではない映画を世界にリリースしているのです。映画は敵がいないと成立しにくいため、アラブ人やドイツ人、大金持ちなどが悪役になりがちですが、ハリウッドは時代に合わせた巧みな戦術を取っているのがうかがえます。

世界中に悲劇を伝えた映画

タイには日本軍が建設した鉄道や橋が多く残っています。そこを訪れる観光客は多く、沢山の歴史研究者も訪れています。当時の兵士の高齢化が進んだことで現在は下火になりましたが、イギリス人やオーストラリア人の強制労働者に対する追悼式典などもかつては多く開かれていました。平和を願う日本人も参加し、戦後の平和に尽力してきた人々が沢山いました。これらの活動はドキュメンタリーとして映像に残っています。

『戦場にかける橋』は、「歴史的事実と違うことが多いのでは?」という見方をすると確かに残念な面もあります。しかし、ハリウッドを代表するこの名作映画は、世界中の人々に歴史上の悲劇を伝えました。世界の平和に貢献したと言えるでしょう。

【執筆者】
ヨネットマン / yönetmen
1994年にカリフォルニアの大学にて映画科を卒業後、LAの黒沢明事務所にて仕事をスタート。その後、日本でドキュメンタリー番組、旅番組などを演出。イスタンブールのテレビ局でも番組制作をするなど、映像制作業界にて26年のキャリアを持つ。

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