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【字幕翻訳者たちとの思い出】第18回 今泉恒子さん 〜字幕翻訳コンテストで劇場版デビュー〜

この記事は、書籍『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』の著者:小川政弘氏にその外伝として執筆いただきました。

連載第18回は、今泉恒子さんです。

今泉恒子さん  *『字幕に愛を込めて』記載
字幕翻訳を手がけた主な作品に、ワーナー・ブラザースでは『ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス』(短編)、『恋愛適齢期』、『旅するジーンズと16歳の夏』、『ブラッド・ダイヤモンド』、『フールズ・ゴールド カリブ海に沈んだ恋の宝石』、『死霊高校』、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』など。他社作品では、『オートマタ』、『陰謀』、『ワイルド・サイド』、『デュースワイルド』、『スカイ・オブ・ラブ』(広東)、『スター・ランナー』(広東)、『マジック・キッチン』(広東)など他多数。

目次

珍しくも9分の短編で、まずはワーナー劇場映画デビュー

今泉さんは、ワーナーの宣伝部の仕事で、英語の宣伝資料の翻訳などをやっておられました。でもひょんなことで、彼女が字幕翻訳もできることが分かり、タイトルは忘れましたが、試しに一本ビデオ作品でお仕事をお願いしたところが、なかなかのセンスの持ち主と分かり、「これは一つ、劇場用字幕のチャンスを」と思いお願いしたのが、2003年公開の『ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス』でした。

彼女の劇場デビューとなるこの映画は珍しく9分の短編でした。余談ですが、私がワーナーに入った1960年代から70年代までは、上映時間10分~30分ぐらいの短編映画というのは、西部劇など、結構あったのです。もちろんそれ単独で上映されることはなく、長編映画のいわばオマケとして上映されたのです。

でもその後は、ほとんどなくなっていたのですが、この9分の映画は久しぶりの短編で、あの「マトリックス」シリーズのウォシャウスキーきょうだいが、まさに「マトリックス」のアニメCGとも言うべき9本の「アニマトリックス」シリーズの1本として、自ら脚本を書き、プロデュースしたものでした。

人類最後の都市ザイオンのホバークラフト「オシリス号」と攻撃ロボットであるセンティネルとの生き残りを賭けた攻防を描いたもので、SFホラー映画『ドリームキャッチャー』の併映として上映。9話シリーズ全話は同年5月24日から、東京・ヴァージンシネマズ六本木ヒルズにて1週間限定で公開されました。

長編映画『恋愛適齢期』の劇場版翻訳で本格デビュー

短編ながら、SFでも分かりやすい字幕で実力を発揮した彼女を見込んで、私がビッグチャンスで彼女を本格的に抜擢したのが、翌2004年公開の『恋愛適齢期』です。この時の翻訳者の人選に当たっては、拙著『字幕に愛を込めて』にも書きましたが、ちょっと面白い“実験”をしました。恐らく業界初の「字幕翻訳コンテスト」です。

何しろこの作品は、“大物”俳優のジャック・ニコルソン、ダイアン・キートン主演、ジャックを助ける医師役では『スピード』でブレークしたキアヌー・リーヴズが出演、ラブコメではノーラ・エフロンと人気を二分した女性監督のナンシー・マイヤーズがメガホンを取った熟年男女のラブコメディーですから、ワーナーとしては確実に高収入を見込める準大作です。

字幕翻訳者を決めるに当たって、これを機に誰かセンスのある新人を発掘しようと考えた私は、全くの新人はもちろん、現在すでに仕事をお願いしている方や、他社の仕事で名前を存じ上げている人たちも含め、十数人の翻訳者に声をかけて、この映画の予告編を訳してもらい、ベストワンの人に本編の翻訳をお願いすることにしたのです。

締め切りまでに寄せられた翻訳原稿は、公平を期して、私に加え、宣伝部の翻訳チェックスタッフにも見てもらい、総合評価で第1位に選ばれたのが、なんと今泉恒子さんでした。SFだけでなく、ラブコメでもユーモアあふれる翻訳センスをいかんなく発揮した彼女に、その後の4年間、私の引退までに、私は更に3本の映画をお願いして、それぞれとてもいい仕事をしていただきました。

次の作品は16歳の少女のひと夏の青春日記

彼女の劇場用長編2作目は、2005年10月日本公開の『旅するジーンズと16歳の夏』です。彼女にもぐんと若返ってもらい、恋にあこがれる、みずみずしい16歳の少女の心理を字幕で描いていただきました。

アン・ブラッシェアーズ原作のベストセラー『トラベリング・パンツ』を映画化した作品で、まるで生まれる前からいつも一緒のような仲良し4人組の少女、ブリジット、リーナ、ティビー、カルメンが、初めて別々に過ごすことになった16歳のひと夏の物語です。後年、3年後の彼女たちを描いた続編『旅するジーンズと19歳の旅立ち』も作られました。世界旅行の好きだった私には、68か所ものロケ地で撮影された美しく開放的な夏の映像の中には、私が実際に行ったところも出てきて、楽しさを増してくれました。

一転して『ブラッド・ダイヤモンド』で男の悪の世界を

もう何度か言いましたが、ワーナー引退の2008年が迫っていた私は、お世話になった翻訳者さんたちに記念の一本の翻訳をと思い、今泉さんにもそのチャンスを差し上げました。それが、『ラスト サムライ』で一躍名を挙げたエドワード・ズウィック監督、今が旬の二人、レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・コネリー主演で、日本では2007年4月公開の社会派アクション・サスペンス映画『ブラッド・ダイヤモンド』でした。

この映画は、1990年代、内戦状態のシエラレオネで現実に行われていた、ダイヤモンドの不法取引の実態を鋭く告発する社会性を持っており、タイトルの「ブラッド・ダイヤモンド」(血のダイヤモンド)も紛争の資金調達のため不法に取引され、そのためにしばしば血を血で洗うようにして採掘された、いわゆる“紛争ダイヤモンド”を指しています。

採掘中に偶然大粒のピンクダイヤモンドを見つけ、地中に隠した地元の漁師ソロモン(ジャイモン・フンスー)と、そのダイヤを横取りしようと彼に近づく元白人傭兵のアーチャー(レオナルド・ディカプリオ)、それに紛争ダイヤの密輸の実態を追う女性ジャーナリスト、マディー(ジェニファー・コネリー)の3人が、映画の進行と共に、このアフリカの暗部を明らかにしていきます。

最後、アーチャーが、手に入れたダイヤをソロモンに託し、自分は敵の銃弾の標的になって彼を逃がすシーンに、オールドファンの私は、あのゲイリー・クーパー、イングリッド・バーグマンの『誰がために鐘は鳴る』のラストを思い出したものでした。

アフリカの部族間の内戦は、本当に凄惨を極めるもので、この映画ではダイヤモンド採取とその闇取引が内戦資金のために使われましたが、1998年から5年も続いた第2次コンゴ戦争では、女性たちが、対立部族を村から追い出すための恐怖の見せしめとして、敵部族による言葉にできない残酷なレイプの対象になりました。クリスチャンの端くれである私は、人間を富と権力掌握の狂気に駆り立てる“罪”の実態を目の当たりに見る思いでした。

単なるアクション・サスペンスではなく、この悪しき人間性の実像をスクリーンに明るみに出したこの映画は、第79回(2006年度)アカデミー賞で主演男優(レオナルド・ディカプリオ)、助演男優(ジャイモン・フンスー)、音響編集、録音。編集の5部門にノミネートされました。

今泉さんを、『恋愛適齢期』の甘い男女の愛の世界から、あえてこの金に目のくらんだ男たちの悪の世界に踏み入れさせたのは、“ジャンルを問わず”任せられる翻訳家になってほしいとの願いも込めての選択でした。

最後は再び海中宝探しのラブコメで

私が彼女に最後にお願いした作品は、2008年の『フールズ・ゴールド カリブ海に沈んだ恋の宝石』でした。トレジャーハンターのフィン(マシュー・マコノヒー)と妻テス(ゴールディー・ホーンを母に持つケイト・ハドソン)の、18世紀に海底に沈んだスペイン王室の財宝探しを巡るドタバタを描いたロマンティック・アドベンチャーで、ドナルド・サザーランドも渋い演技で映画を盛り立てていました。

アメリカ公開が同年2月でしたので、結局3月半ばまでの私の在任中には字幕版の完成は間に合わず、彼女との字幕作業は私の後進に託しました。当然日本公開も知ることなく、記録では5月31日に無事公開されたようです。

こうして今泉さんとは、2003年から2008年までの5年間のお付き合いでしたが、楽しい時を共に過ごさせていただきました。楽しいと言えば、僕の場合は、これまでご紹介した何人かの翻訳者と同様、彼女との“ネコ付き合い”でした。一人住まいだった彼女にとって、家族はネコちゃん。それも確か3匹ぐらい飼っておられたと思います。私が退職後も数年間は、かわいいネコの写真の年賀状で楽しませてくれました。

その後もご活躍なさっていることを心から祈念しています。

【執筆者】
元ワーナー・ブラザース映画製作室長
小川 政弘(おがわ・まさひろ)
1961年〜2008年、ワーナー・ブラザース映画会社在職。製作総支配人、総務部長兼任を経て製作室長として定年退職。在職中、後半の31年にわたって2000本を超える字幕・吹替版製作に従事。『ハリー・ポッター』『マトリックス』『リーサル・ウェポン』シリーズ、『JFK』『ラスト・サムライ』『硫黄島からの手紙』二部作等を監修。自身も『偉大な生涯の物語』『ソロモンとシバの女王』『イングリッシュ・ペイシェント』『老人と海』などの作品を字幕翻訳。著書に『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』(イーグレープ)、『字幕翻訳虎の巻 聖書を知ると英語も映画も10倍楽しい』(いのちのことば社)などがある。

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