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【字幕翻訳者たちとの思い出】第14回 瀧ノ島ルナさん 〜実力で夢をかなえたラッキーレディー〜

この記事は、書籍『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』の著者:小川政弘氏にその外伝として執筆いただきました。

連載第14回は、瀧ノ島ルナさんです。

瀧ノ島ルナさん  『字幕に愛を込めて』記載
字幕翻訳を手がけた主な作品に、ワーナー・ブラザースでは『トーキー映画の20年』(短編)、『スポット』、『ロイヤル・セブンティーン』、『チェイシング・リバティ』(配信)、『ビーグル犬 シャイロ2』(ワーナー・ホーム・ビデオ)、『チャーリーとチョコレート工場』、『リーピング』など。他社作品では『ヨギ & ブーブー わんぱく大作戦』、『ホートン ふしぎな世界のダレダーレ』、『ディスカバリー・ジャパン』(TVドキュメンタリーシリーズ)、『ブラウン神父』(TVドラマシリーズ)、他多数。訳書に『おもちゃの国のノディ ノディとサンタクロース』(文溪堂)。

目次

ワーナー“子飼い”の翻訳者誕生! 2人目

前回、ワーナーで私の秘書から始めて字幕翻訳のノウハウを身に着け、やがて独立してプロの映像翻訳者になった伊原奈津子さんのお話をしました。その時にお名前を出しましたが、ワーナー“子飼い”というより私が師匠になって映像翻訳のプロへの道を開いてあげたもうひとりの方が、瀧ノ島ルナさんです。

ワーナーで私が翻訳をお願いした方々はホームビデオも含めると50人を下りませんが、3分の2は私が発掘して声をかけた方、3分の1は、ご自分のほうから売り込んでこられて、私がその実力を認めて仕事をお願いした方々です。“売り込み組”の方の売り込み法は、本人直接か所属映像会社からがほとんどでしたが、中に、ワーナー関連の会社から依頼された人が2人いました。

ひとりは、一時資本提携をしていた伊藤忠の副社長からの依頼、もうひとりはこれも資本提携関係にあった東芝の社長からの依頼でした。それが、今回ご登場願った瀧ノ島ルナさんです。東芝の第12代社長は、1992年〜1996年の4年間在任された佐藤文夫さんですが、その長女が瀧ノ島さんでした。

マンツーマンの贅沢な“一人翻訳学校”で字幕訓練

佐藤社長のおっしゃるには、「娘がぜひ映像翻訳をやりたいと言っている。英語は、大学の英文科でみっちりやり、英本原書もよく読んでいるので自信はあると言っているが、映像翻訳の経験は全くない。何とか小川さんがいちから手ほどきして、字幕翻訳ができるようにしてやってもらえないだろうか」というものでした。

関連会社の社長直々の、それもかわいい娘のための頼みとなれば、断るわけにはいきません。一も二もなく承知して、本人と会うことになりました。そして、彼女はもうすでに結婚なさってお子さんもいらっしゃいましたが、字幕翻訳への意志の固いことを確認して、マンツーマンで教えることになりました。

やり方は、私が映像翻訳学校で教えていた字幕翻訳規則のテキストで、セリフは1秒4文字で訳すとか、句読点は用いず代わりに全角・半角(1字分・半字分)を空けるとか、普通の英文翻訳とは違う字幕翻訳独特の決まりを教えるとともに、ワーナー作品の英文台本とビデオカセットテープで、1作品を10回ぐらいに分けて、自宅で翻訳演習をし、できたものを私が朱筆添削をして返す、という、映像字幕学校と同じスタイルの“個人版”でした。ゲイリー・クーパーの『ヨーク軍曹』、ジョージ・スティーヴンス監督、マックス・フォン・シドーがキリストに扮した『偉大な生涯の物語』、タイトルは忘れましたがコメディー映画など、ジャンルの全く違う作品で、少しずつ字幕翻訳の実力を養っていきました。

珍しい短編映画で念願の劇場字幕デビュー

英語の基礎がしっかりしていますから、字幕翻訳のスキルの習得も早く、また十分にセンスがあることも分かったので、そろそろ劇場公開のワーナー作品で翻訳者デビューをさせてあげようかと思っていた時に、『トーキー映画の20年』という短編映画がありましたので、それに彼女の訳した字幕を入れることにしました。1999年のことです。彼女を紹介されてから2年ぐらいたっていたと思います。

短編映画は、1950~60年代は西部劇など結構あったのですが、1970年代以降は皆無に等しかったので、まるで彼女の翻訳者デビュー用みたいに、ちょうどおあつらえ向きにこの作品があったのは幸いでした。この連載でも話したように、劇場用長編映画は字幕の優劣も興行に左右するので、なかなかずぶの新人を使うチャンスはなかったのです。

ついに長編映画で劇場映画に本格デビュー

それから2年後の2001年、いよいよ彼女が念願の長編で映画デビューする時がやってきました。しつけの厳しい教育ママのもとで規則正しい生活を強いられているジェイムズ少年と、厳しい訓練で能力は優秀なものの、飼い主の愛情に飢えているFBI捜査犬スポットとの友情を描いた動物ファミリー映画『スポット』です(子どもの観客にも読みやすいように、字幕を一回り大きくした話は、拙著『字幕に愛を込めて』にも載っています)。

こうして彼女は、上記作品リストにもあるように、劇場用、ホームビデオ用に何本かの作品を翻訳してめきめき実力を身に着けていきましたが、それが外部にも知られるところとなり、1997年に日本でもケーブルテレビや衛星放送で放映を開始した『ディスカバリー・ジャパン』のドキュメンタリーを、字幕・ナレーション翻訳なさるようになりました。私も何本か見せていただいて、翻訳の上達ぶりに、目を細めたものでした。

代表作はあの『チャーリーとチョコレート工場』

こうなると、私も黙ってはいられません。ワーナー引退の時が少しずつ迫っていた2005年、私はお世話になった翻訳者の方に、3年計画で本人の代表作となるであろう話題作・大作の翻訳をお願いすることに決め、瀧ノ島さんにも、とっておきの作品をお願いしました。それが、ロアルド・ダール原作の40年来の世界的ベストセラー児童小説を映像化したファンタジック・ムービー『チャーリーとチョコレート工場』です。

主演のチャーリー少年にフレディ・ハイモア、チョコレート工場の経営者ウィリー・ウォンカにジョニー・デップ、チャーリーの母親にヘレナ・ボナム=カーターが扮し、この工場で働くこびとたち、ウンパ・ルンパも登場し、歌って踊る楽しいファミリー映画で、日本でも大成功、興行収入53億を稼ぎ出す大ヒットとなりました。

その2年後の2007年、オスカー女優ヒラリー・スワンクが元キリスト教宣教師役で主演したオカルト・スリラー『リーピング』が、私が引退前にワーナーで彼女にお願いした最後の作品になりましたが、映画のモチーフになっている旧約聖書のモーセの出エジプトの際、エジプト王に下した10の災いを、聖書にも詳しい彼女がとても良く翻訳してくれた話も、『字幕に愛を込めて』に出てきます。

今も師匠と呼んでくれる人

あれからもう14年の歳月が流れましたが、その間、彼女は映像翻訳を地道に続けるとともに、字幕翻訳者養成学校フェロー・アカデミーでの講師の仕事や、その一部門のアメリアの誌上字幕翻訳コンテストの審査員まで務めています。

今や押しも押されもしないプロの翻訳家であり映像翻訳の先生なのですが、彼女は終始一貫、私を恩師と仰ぎ、今でも毎年年賀状をくださり、時々キリスト教関連の分かりやすい訳語や、数詞の表記など、「師匠、ご相談が」とメールで問い合わせてきます。2019年2月、私の先妻が急死した時には、聞けばその1週間前に彼女自身もお母様を亡くされ、悲しみと事後処理でお疲れであったのに、いち早く葬儀に駆けつけてくださいました。

子どもがどんなに立派に成人しても、親はその成長を喜び、活躍を祈念するように、私も彼女のますますの活躍を、祈るや切です。

【執筆者】
元ワーナー・ブラザース映画製作室長
小川 政弘(おがわ・まさひろ)
1961年〜2008年、ワーナー・ブラザース映画会社在職。製作総支配人、総務部長兼任を経て製作室長として定年退職。在職中、後半の31年にわたって2000本を超える字幕・吹替版製作に従事。『ハリー・ポッター』『マトリックス』『リーサル・ウェポン』シリーズ、『JFK』『ラスト・サムライ』『硫黄島からの手紙』二部作等を監修。自身も『偉大な生涯の物語』『ソロモンとシバの女王』『イングリッシュ・ペイシェント』『老人と海』などの作品を字幕翻訳。著書に『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』(イーグレープ)、『字幕翻訳虎の巻 聖書を知ると英語も映画も10倍楽しい』(いのちのことば社)などがある。

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