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『七人の侍』は英語で何と言う?【映像翻訳者/通訳者・中沢志乃さんインタビュー:後編】

映画界では毎年多くの映画祭が開催されています。世界各国から監督や俳優が集結する映画祭に欠かせないのが、通訳者の存在です。今回、vShareR CLUBでは、映画翻訳家協会に所属する映像翻訳者で、かつ東京国際映画祭などの通訳も長年担当している中沢志乃さんに、映画祭の通訳という仕事について詳しくお話を伺いました。

後編は、映画祭の通訳の苦労や醍醐味を語っていただきました。

前編はこちら

【プロフィール】
中沢志乃(なかざわ・しの)
幼少期をスイス、デンマーク、アルジェリア、高校時代をアメリカで過ごす。上智大学比較文化学部卒。日本弁護士連合会を経て、日本語版制作会社ACクリエイトに転職。2002年に映像翻訳者として独立。字幕翻訳を担当した主な作品に『ビルド・ア・ガール』『チャーリーズ・エンジェル』『アラジン』『ホテル・ムンバイ』『search/サーチ』『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『モアナと伝説の海』『ファインディング・ドリー』『スノーデン』『シチズンフォー スノーデンの暴露』『はじまりのうた』など。

目次

監督同士のフリートークは予測不能

──映画祭の通訳で大変な点を教えてください

事前準備として通訳する監督の作品を見る必要があることです。新人の監督さんなら1~2本で済みますが、ベテランの方だと何十本もあったりするので、映画祭期間中はとにかく睡眠時間が減ります。とはいえ、毎回すべて見るというのはさすがに無理があるので、私は1日の通訳に対して1日準備期間を設けるというイメージです。

──監督の過去作を見ていないと通訳は難しいものでしょうか?

必ず見ないといけないわけではないですが、見ていた方がずっとやりやすいと思います。インタビューで監督が自分の過去作について突然、「あの作品のあのシーンで」といったふうに話すこともありますので。特に同時通訳の場合は話を聞きながら一瞬でも「どのシーン?」と迷ってしまうと話が次に進んでしまうので、そういう瞬間をなるべくなくすためにも見るようにしています。

──他にはどんな事前準備をしますか?

通訳を担当する監督や主演俳優の経歴を調べたり、作品タイトルを日本語と英語両方で確認しておいたりします。あと、その映画祭で上映される作品中にどんな用語が出てくるかなども調べておきます。

特に山形国際ドキュメンタリー映画祭はドキュメンタリー作品の映画祭なので、各作品に出てくる特殊用語や歴史的背景を把握しておくことも重要です。アラブに関する作品であればイスラムの風習だったり、赤軍派の事件を扱った話であれば共産主義関連の用語だったり、日常生活では知らない用語も多いので、できるだけ確認しておきます。

──突然、知らない作品タイトルが出てきたりもしますよね?

はい、上映作品に関するQ&Aであればその作品の内容を把握していればだいたい問題ないのですが、監督同士の対談など、フリートークになると本当にどんな話が飛び出してくるか分からない!という感じです。その2人の監督の作品ならまだしも、まったく関係ない作品のタイトルが出てくることもしばしばあります。

──同時通訳中に知らないタイトルが出てきたら?

同時通訳は基本的に2人1組で行うので、もし知らないタイトルが出てきた場合はいったん訳さず原語通りに言っておいて、そのまま1人が通訳を続けている間にもう1人がスマホで調べたりすることもあります。例えば日本語で『七人の侍』というタイトルが出てきたら、英語にするときもひとまずそのまま『七人の侍』と言っておいて、もう1人が横で英語タイトルを調べ、あとから英語で「先程の『七人の侍』の英語タイトルはSeven Samuraiです」と補足する、といった感じです。

──他には何か苦労はありますか?

映画祭ならではだなと思うのは、舞台挨拶の場などでカメラのフラッシュや照明がバッと当たったりすることです。最初は圧倒されました。私はあまり緊張しないたちなのですが、はじめてそれを体験した時は動揺して司会者のお名前を間違えてしまったこともあります。あと上映後のQ&Aでは照明のせいで客席がよく見えず、質問してくれた方のお顔が見えないまま通訳をすることもよくあります。

映画祭はまさにお祭り!

──では映画祭の通訳の楽しい点は?

とにかく多くの人に会えることです。字幕翻訳の仕事をしていると人に会う機会が少なくなりがちなので、映画監督や俳優さんたちのような、普段会う機会のない人たちに会えるのは本当にいい刺激になります。あと実は普段あまり会えない同業者(他の通訳の方々)に会えるのも、とてもいい刺激になります。

映画祭は基本的にお祭りなので、映画が好きな人同士、盛り上げよう!という空気感があるのがたまらなく楽しいですね。昔は俳優のように華やかで個性的な服を着て登壇なさる通訳の方もいらっしゃって、それはそれでお祭りムードが盛り上がっていいな、と思っていました。

あともちろん、映画祭でしか見られない作家性の強い映画を見られるのも楽しみです。

──印象に残っているエピソードはありますか?

映画祭って上映作品によって会場の熱量がすごく違うんです。通常の映画館だと誰も拍手したりする人はいませんが、映画祭だと作品がすばらしいと拍手がおきたり、そのあとのQ&Aでもどんどん質問が出て、ものすごく盛り上がります。

2021年の東京国際映画祭で『佐々木、イン、マイマイン』という作品の舞台挨拶とQ&Aの通訳を務めたのですが、作品の良さはもちろん、監督の内山拓也さんも主演俳優の藤原季節さんや細川岳さんもとても人柄がよく熱い方々で、その熱意が観客にも伝わって会場に大きな一体感が生まれていました。

ただいろんなタイプの作品があるので、逆に難解な作品で観客がついてこられず、まったく質問が出なくてシーンとなってしまう作品もあります。

──外国人の観客も多い印象ですが

そうですね。以前37分のワンカット撮影で話題になった『カメラを止めるな』が英語字幕付きで上映されたんですが、通常の映画館では英語字幕がなくて見ることができなかった外国人の方が大勢見にいらしていました。その時はQ&Aで通訳を務めたのですが、上映前後もQ&Aもかなりの盛り上がりでした。

また以前、山形国際ドキュメンタリー映画祭で中国の作品が上映されたのですが、観客にも中国の方がたくさんいらっしゃいました。その作品中、中国の風習で偽のお札を燃やすシーンがあったんです。上映後のQ&Aで日本人の観客がそのシーンにどういう意味があるのか監督に質問をすると、周りにいた中国人の観客の方々がいっせいに「あれは中国の風習で……」と監督を差し置いて説明し始めるといった一幕もありました。日本人同士ではなかなか見られない光景ですね。

字幕翻訳のスキルが通訳に影響!?

──中沢さんは映像翻訳と通訳を両立されていますが、どちらも言語を変換する仕事といっても使うスキルは異なる印象があります。そのあたりはいかがでしょう?

そうですね、まったく違います。通訳はとにかく集中力と瞬発力の勝負ですが、映像翻訳は熟考し、時間をかけて言葉を生み出していく仕事なので、ある意味、真逆です。頭の中の使う部分が違うという感じでしょうか。

映画祭通訳の仕事が始まる最初の日が一番大変です。翻訳モードからしばらく使っていなかった通訳モードに切り替えるような感じです。1日目で感覚を取り戻せればあとは大丈夫です。

逐次通訳の時は目安として、英語で話された長さとだいたい同じくらいの長さになるように訳していますが、字幕翻訳は使える文字数が圧倒的に少ないので、いかに簡潔に伝えるかというスキルが必要になります。ですので表現の仕方も通訳とはだいぶ違います。

自分では意識していないのですが、以前通訳をしていて「割と要約した通訳をするよね」と言われて驚いたことがあります。もしかしたら字幕翻訳をしている影響だったのかもしれませんね。

──今後も通訳と映像翻訳、両方続けていく予定ですか?

はい、どちらも続けたいと思っています。私は作品に没頭して言葉を考える映像翻訳の仕事も大好きですが、同じくらい人としゃべることも大好きなんです。翻訳だけやっているとたまに少し頭が固まってしまう気がするので、ときどき通訳の仕事で様々な方々と会って話すと、いろいろな刺激を頂けて、脳ミソの違う部分も使えて最高にいいリフレッシュになります。

とはいえ毎日通訳として出かけるのは体力的にも消耗するので、映画祭の期間が終わって翻訳の仕事に戻ると、じっくり映画と向き合える時間を改めて幸せに感じます。このバランスをこの先もずっと続けていけたらいいなと思っています。

【取材・文】
梶尾佳子(かじお・けいこ)
フリーランスの字幕ディレクター兼ライター。日本語版制作会社の字幕部にて6年勤務した後、独立してフリーランスに。翻訳を含め、言葉を扱う仕事に関する様々な情報や考えを発信していけたらと思っています。

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