字幕翻訳者のためのお役立ち情報サイト「vShareR CLUB」。このサイトは字幕翻訳を動画で学べるウェブサイト「vShareR SUB」の姉妹サイトです。 vShareR SUBはこちら

【字幕翻訳者たちとの思い出】第11回 栗原とみ子さん 〜ビデオ作品からワーナー劇場映画翻訳者に〜

この記事は、書籍『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』の著者:小川政弘氏にその外伝として執筆いただきました。

連載第11回は、栗原とみ子さんです。

栗原とみ子さん
字幕翻訳を手がけた主な作品に、ワーナー・ブラザースでは『ディパーテッド』『フリー・ウィリー3』『悪魔を憐れむ歌』『アイアン・ジャイアント』『デンジャラス・ビューティー』シリーズ、『プルート・ナッシュ』『ビック・バウンス』など。他社作品では『きかんしゃトーマス』『天使のくれた時間』『インソムニア』『ぼくの神さま』『トリコロールに燃えて』『ピンクパンサー』、他多数。

目次

ビデオ作品からワーナー劇場映画翻訳者に

栗原とみ子さんと仕事をするようになったのは、1990年代後半です。

ワーナー・ホームビデオの発売が始まり、私は従来の劇場用字幕制作に加え、ビデオ作品の字幕制作も担当するようになりましたので、多忙を極めました。映画がせいぜい月1、2本の公開なのに対し、ビデオ商品は月に10本ペースでそろえなければならないため、字幕翻訳者も十数人は確保しなければなりません。センスのある新人を発掘するには、この新規ビデオ商品の需要が大いに役立ちました。劇場用作品は、おいそれと“冒険”できないからです。各社が使っている翻訳者の情報をいろいろ集めて、これは、と思う人には、チャンスをあげました。そんな中で発掘した“掘り出し物”の翻訳者の一人が、栗原さんでした。

記録はもう残っていませんが、何本かビデオ作品を訳していただいて、その才能を見極めた私は、劇場用デビュー作品として、かわいいシャチと少年の友情物語、「フリー・ウィリー」シリーズの最新作で、1997年に公開した『フリー・ウィリー3』の翻訳をお願いすることにしました。子どもが見ても十分楽しめる、分かりやすい字幕翻訳で、彼女は私の期待に応えてくれました。

コメディー、アクション、ファミリーなんでもオーケーの実力派

以来私がワーナーを退職するまでの12年間に、彼女に翻訳をお願いした劇場用映画は上記のように8本ですので、決して多くはありませんが、デビューの『フリー・ウィリー3』や『アイアン・ジャイアント』のような子どもやファミリー向け映画、サンドラ・ブロックの魅力をいかんなく発揮した『デンジャラス・ビューティー』の2作シリーズのようなコミカルアクション(野暮なFBI捜査官の彼女が、犯人逮捕でミスコンに出場するため、絶世の美女に変身します)、『プルート・ナッシュ』『ビック・バウンス』のようなコメディーを、難なくこなしました。

そんな彼女が並々ならぬ実力を発揮したのが、本格的シリアスドラマの『悪魔を憐れむ歌』と『ディパーテッド』でした。

悪魔が主役の映画『悪魔を憐れむ歌』

これは、1998年公開作品で、原題はFallen(堕落・落ちた存在)です。聖書では、悪魔はもともと善なる天使の一人が、神のようになろうとして天より落ちた存在です。連続殺人犯のリースがフィラデルフィア警察のジョン・ホブズ刑事(デンゼル・ワシントン)によって逮捕され、裁判で死刑の判決を受け、処刑されますが、その後、リースの時と全く同じ手口の連続殺人が発生し、ホブズにその容疑がかけられてしまいます。自分の無実を証明するため、調査を行ったホブズは、その一連の事件の背後にこの世の者ではない“悪魔”の存在を知ることになるのです。

栗原さんは、聖書に関しても、クリスチャンである私と話を合わせるため、ではないでしょうが、かなり詳しくご存じで、この映画で描かれる、日本人観客にはほとんどなじみのない旧約聖書の世界を、よく研究して訳してくださいました。もちろん私も、彼女との共同研究者として、観客に少しでも聖書の世界を理解していただくべく、細かいところまで工夫しながら字幕に取り組みました。その具体的な苦労話は、拙著『字幕に愛を込めて』にも出てきます。

この映画の日本タイトルは、映画の中で歌われているロックバンド「ローリング・ストーンズ」の曲のタイトルから取られていますが(原題SYMPATHY FOR THE DEVIL)、栗原さんは、字幕の字数制限もかえって幸いして、聖書的で、引き締まった良い歌詞を残してくれました。この歌詞の中に、いみじくも悪魔の性格と、人類史上に及ぼした悪しき業績(?!)が端的に要約されているので、『字幕に愛を込めて』から再録しておきます。

自己紹介しよう/俺は金持ちの趣味人/人の魂と信仰を奪い―/何世紀も生きてきた/キリスト受難の時も―/俺は そこにいたぜ/ピラトの決断の時も―(注:キリストを十字架につける決断)/俺が手を貸したんだ/俺の名を知ってるかい?/人を惑わすのが俺のゲームさ/ロシア革命の時も―/ペテルブルグにいたぜ/俺が皇帝と大臣を殺した時―/アナスタシアは叫んだ/死臭漂う戦場では―/戦車に乗った将軍だ/この世の王侯貴族を―/偶像神のために戦わせた/ケネディーを殺したのは?/犯人は人類と俺さ/ボンベイに着く前に――/吟遊詩人を殺したぜ

ディカプリオの代表作『ディパーテッド』を彼女の字幕代表作に

そろそろ2008年春のワーナー引退のことを考え始めた私は、お世話になった翻訳者の方々に、彼らの代表作になるビッグな作品をお贈りしようと心に決めました。そして栗原さんにお願いしたのが、2007年公開の、マーティン・スコセッシ製作・監督作品、『ディパーテッド』(原題The Departed。“分かたれたもの”転じて“体から離れた死者の魂”の意)です。

これは、2002年から2003年にかけて3作品製作された大ヒット香港映画『インファナル・アフェア』のリメイク作品でした。出演はレオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソン、マーク・ウォールバーグのそうそうたる面々で、第79回アカデミー賞作品賞を受賞(外国映画のリメイク作品としては史上初)。

マフィアに潜入した警察の男(ディカプリオ)と警察に潜入したマフィアの男(デイモン)の対決と友情を軸に、マフィアの大物ジャック・ニコルソンの非情な悪の人間性を容赦なく描き出した、映倫R15指定のえぐくかつエロいクライム・サスペンスでしたが、私は男性翻訳者ではなく、あえて彼女にお願いしたのです。彼女は私の期待に見事に応えてくれ、厳しくも哀しい男の世界を、”情け容赦のない”字幕セリフで描き出してくれました。

栗原さんと、藤山一郎でも結ばれた!

最後にプライベートな思い出を少し。第7回の林完治さんとの思い出で、彼とお仲間の女性翻訳者と3人で食事をしたあと、彼のすごいスピード運転で、自宅まで送っていただいた話をしましたが、その女性翻訳者が栗原さんでした。

もう1つ。私はクリスチャンになってからはもっぱら賛美歌、ゴスペルソングの世界で生きてきたので、外国映画の字幕製作担当者の人たちで結成されていた外国映画通関連絡協議会(略称:外通協)の宴会などでは、もっぱらひと昔前の懐メロの中で、私の好きな藤山一郎の『長崎の鐘』を歌っていました。ひょんなことでそれが栗原さんの耳に入ったのですが、なんと、彼女のお父様も藤山一郎が大好きだったというのです。

彼女のお父様は、旧浦和市の市長を務められた著名人ですが、藤山一郎のLPを何枚も持っていらしたとか。それを何度も聞かされた彼女も当然、藤山一郎の歌には詳しくて、『青い山脈』『影を慕いて』『東京ラプソディ』『丘を越えて』……などのヒット曲を思いつくままに出し合って、いっとき懐メロ談議に花を咲かせたのでした。ワーナー退社に伴う私の外通協理事長送別パーティーでは、皆さんに最後の『長崎の鐘』をお聞きいただきましたが、聴衆の中には、もちろん栗原さんもおられて、話だけでなく、聞いていただくチャンスに恵まれたのは幸いでした。

【執筆者】
元ワーナー・ブラザース映画製作室長
小川 政弘(おがわ・まさひろ)
1961年〜2008年、ワーナー・ブラザース映画会社在職。製作総支配人、総務部長兼任を経て製作室長として定年退職。在職中、後半の31年にわたって2000本を超える字幕・吹替版製作に従事。『ハリー・ポッター』『マトリックス』『リーサル・ウェポン』シリーズ、『JFK』『ラスト・サムライ』『硫黄島からの手紙』二部作等を監修。自身も『偉大な生涯の物語』『ソロモンとシバの女王』『イングリッシュ・ペイシェント』『老人と海』などの作品を字幕翻訳。著書に『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』(イーグレープ)、『字幕翻訳虎の巻 聖書を知ると英語も映画も10倍楽しい』(いのちのことば社)などがある。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URL Copied!
目次
閉じる