「セリフにぴったりくる訳語が思いつかない」
「シーン・セリフを読み解くのが難しい」
「クライアントとスムーズにコミュニケーションを取りたい」
今回ご紹介するのは、このようなお悩みをお持ちの方にぴったりの1冊、『博報堂スピーチライターが教える 5日間で言葉が「思いつかない」「まとまらない」「伝わらない」がなくなる本』です。
著者は、博報堂でスピーチライター兼、クリエイティブプロデューサーをされているひきたよしあきさん。言葉に関する悩みを解決するための具体的な方法を教えてくれます。スピーチライターと聞くと、「字幕翻訳に関係ないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、本書で紹介される“言葉・表現のスキル”は、字幕翻訳者にも役立つものばかりなんです。
本書では、大きく分けて次の5つの力を身につける方法が紹介されます。
- 頭の中にあるものを知る
- 考える習慣をつける
- 論理的に発想する力をつける
- 真に伝わる表現力を磨く
- 言葉に説得力を持たせる
それぞれの力を鍛えるためのトレーニングが各5つ、全部で25個のトレーニング方法があります。
①「頭の中にあるものを知る」と②「考える習慣をつける」については、語彙力を増やしたり、頭の中の言葉をスッと出したりするためのトレーニングを行います。語彙力は翻訳をする上で重要な要素です。ひきたさんは「誰もが努力なしに語彙が増えるわけではない。『あれは何て言うのかな?』『この気持ちはどんな言葉で言うのかな?』と考えるうちに、言葉は身につく」と言います。
具体的なトレーニング方法は、「30秒間でものの名前を10個言う」や「形容詞を使わずに語る」といったものです。自分が普段使いやすい言葉ばかり使っていると、語彙力は増えません。このようなトレーニングによって、使える言葉を増やしていきましょう。さらに、ものを多角的に見るためのトレーニングもあります。自分以外の視点を持ち、「あの人だったらどう考えるだろう」と第三者の頭で考える習慣を身につけます。
翻訳では、登場人物たちの心情をより深く読み取るために活かすことができるでしょう。キャラクターたちの心を理解しているかいないかで翻訳の質も大きく変わります。心情を理解せずに原文を直訳すると、誤訳になりかねません。普段から第三者視点でものごとを考えることで、作中の登場人物たちの気持ちを想像しやすくなったり、より内容に沿った訳が出てきやすくなったりするはずです。
③「論理的に発想する力をつける」、④「真に伝わる表現力を磨く」、⑤「言葉に説得力を持たせる」は、ゼロから言葉を作り上げたり、アイデアを生み出したりするための力です。
字幕翻訳の実作業では、自分でゼロから文章を作ることはありません。しかし、仕事仲間やクライアントとのコミュニケーションにおいては、自分で文章を作る必要がありますよね。また字幕作業においては、映画のストーリーやセリフの意図を論理的な発想で読み解き、そのセリフの真意を短い文字数で的確に伝えるために役立つ力でしょう。
トレーニングでは、長所と短所を考える弁証法や、1つの問いについて「なぜ?」と徹底的に考える“5つのWHY”といったメソッドが使われます。字幕翻訳者は、クライアントのフィードバックや質問に対して、自分がそのように翻訳をした根拠などを論理立ててわかりやすく返答することも大事です。そのような場合にもこのメソッドは使えそうですね。
本書は、新商品発表のスピーチ原稿を任された若手社員が、言葉のプロである先生のメール講座を受けながら原稿を作り上げていくストーリーになっています。文章も会話調でとても読みやすいですよ。スピーチ原稿でも字幕翻訳でも、言葉を駆使して相手になにかを伝える点では同じです。そのため、本書の知識は字幕翻訳にも活用できるでしょう。字幕翻訳者としてステップアップしたい方や、仕事でのコミュニケーションをよりスムーズにしたいという方は、ぜひ参考にしてみてください。
【執筆者】
安永 サヤ(やすなが・さや)
技術翻訳者(英語)兼、Webライター。映画鑑賞が趣味で、年に100本ほど鑑賞しています。翻訳者の目線から、字幕翻訳に役立つ本をご紹介していきます。