用字用語辞典とは?
「用字用語」。字幕翻訳の勉強を始めると、割とすぐに耳にする言葉ではないかと思います。仕事でも「用字用語は朝日で」「この漢字、NHKだと使えませんが、ルビ振りますか?開きますか?」「記ハンには、これこれの例がありますね」といった会話があります。
「用字用語辞典」とは何でしょうか。用字用語辞典の1つ、『NHK漢字表記辞典』には次のようにあります。
放送のことばの表記は、「常用漢字表」「現代仮名遣い」「送り仮名の付け方」などをよりどころにして、漢字やかなを正しく使う。
番組の内容や現場に応じた、適切な書き表し方を考え、見やすさ、わかりやすさを心がける。(p.6「基本方針」より)
「用字用語辞典」は、漢字の使用や送り仮名、ルビやカタカナの扱いについて「現時点において正しいとされる日本語表記」と「常用漢字」(※)をまとめたガイド本です。字幕翻訳の世界では、放送や新聞社の「用字用語」を基準に、正しい表記を用いると同時に表記の統一を行うのが通例となっています。
※ 常用漢字:法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の漢字使用の目安として内閣告示されている漢字の一覧。表外字:常用漢字に含まれないものを「表外字」という。
現在、映像翻訳の現場で使われている用字用語辞典は3種類です。NHK、朝日新聞社、共同通信社の3社のもので、NHKには『ことばのハンドブック』というプラスアルファもあるため4冊になります。『NHK漢字表記辞典』は基本的な漢字やかなづかいの本。『ことばのハンドブック』には注意すべき言葉づかいや言葉の意味、カタカナ語などが記載されています。
なぜ必要? どんなときに使う?
用字用語辞典を使うことで、一般的な漢字や言葉について、次のようなことが分かります。
・「堅い」「固い」「硬い」の使い分け
・「混んだ電車」「込んだ電車」のどちらを使うか
・「少しずつ」か「少しづつ」か
間違いを避けることもできます。次のような場合です(このあたりは、用字用語の前に、パソコンの入力システムが教えてくれると思いますが!)。
✕「正当派」 → ○「正統派」
✕「認非」 → ○「認否」
✕「酔い醒まし」→ ○「酔い覚まし」
「醒」を「さます」と読むのは表外訓
独特の用字や統一事項もあります。
「無骨」→「武骨」
「訓辞」→「訓示」
日本語としてはどちらも正しい表記ですが、用字用語では「武骨」「訓示」で統一することになっています。
カタカナですと…
✕「シェイクスピア」 → ○「シェークスピア」
(『NHK』と『記ハン』)
「インキ」=印刷業界 / 「インク」=筆記用
「バレエ」=舞踏 / 「バレー」=球技
「飛沫」→「飛まつ」「しぶき」のように、「沫」は表外字なので「まつ」を開く(ひらがなにする)、もしくは「しぶき」のように言いかえるといいですよ、という提案もしてくれます(『NHK』の場合)。場合によってはルビで対応するのもOKです(『記ハン』の場合)。ちなみに「言い換える」 → 「言いかえる」です。
持っておくべき用字用語辞典
上でご紹介したように、字幕翻訳で使われる用字用語辞典は4冊あります。NHKの仕事の場合、もちろん『NHK』2冊に準拠します。それ以外の仕事では、個人的な印象では、『朝日』に従ってくださいと言われることが多いようです。『記ハン』はほかの2冊より詳しい説明があるため、補助的な確認に使うことが多いです。ただし「絶対に」ではありません。用字用語を踏まえた上で、翻訳者の判断に委ねられる場合もあります。
2冊もあるの!? どれか1冊じゃダメ? と思うかもしれません。しかしここは、プロなら、あるいはプロを目指すなら、3社の4冊、すべて持っておくべきです。むしろ「持っていて当然」と言うべきかもしれません。逆に、これ以外のものを持つ必要はありません。
会社によって表記が違う場合もありますので注意が必要です。
・マネージャー
『NHK』は「マネージャー」
『記ハン』と『朝日』は「マネジャー」
・ヒンズー教
『NHK』は「ヒンズー/ヒンドゥー教」
『記ハン』は「ヒンズー教」
『朝日』は「ヒンドゥー教」
ATOKでさらに便利に使う!
用字用語辞典の『NHK』と『記ハン』はデジタル版が出ています。ATOKという入力支援ソフトとの乗り合わせになるためATOKを購入しなくてはいけないのですが、入力して変換するだけでそれぞれの用字用語辞典の内容が表示され、とても便利です。
デジタル版の『NHK』には『ことばのハンドブック』の内容も含まれています。また、2010年の常用漢字改定についての情報も含まれていて、「使えるようになった」漢字も分かります。
「用字用語辞典」は、似ているようで、それぞれの個性があります。どれにどんな特徴がありどんな説明が載っているかを把握して、ぜひ「用字用語辞典」と仲よくなってください!(それぞれの書籍やソフトは必ず最新版をご確認ください)
【執筆者】
横井 和子(よこい・かずこ)
字幕・映像翻訳者。会社員、映像制作会社アルバイトを経て現在フリーランス。代表作:(劇場公開)『最高の花婿』シリーズ、『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』『ハッピー・オールド・イヤー』『燃ゆる女の肖像』『パピチャ 未来へのランウェイ』、(NHK)『シャイニング』『グリーン・カード』、(ドラマ)『パリ殺人案内』