『ジュディ 虹の彼方に』
『オズの魔法使』『スタア誕生』で知られるジュディ・ガーランドの波乱の人生を、『ブリジッド・ジョーンズの日記』『シカゴ』『コールドマウンテン』のレネー・ゼルウィガーが演じた、実話に基づくフィクション映画。
ジュディ・ガーランドが子役スターとして、一世を風靡した映画が『オズの魔法使』です(本も映画もタイトル表記は「魔法使い」ではなく「魔法使」)。1939年、戦前ですが、『オズの魔法使』はカラー映画、巨額な資金を投資して作られました。10代のジュディは寝る間もなく撮影に追われる日々で(噂では枕営業の強制も)、疲れを取るために覚醒剤(当時は合法でした)、覚醒剤で眠れない時は睡眠薬を与えられ、太らないようにフライドポテト1本さえ禁じられていたのです。
15歳の彼女が、「普通の子みたいな時間が少し欲しい」と訴えると、プロデューサーはそのスター性を褒め称えつつも、
I guarantee it’s all there, | 普通の世界が── |
the rest of America, just waiting to | またたく間に── |
swallow you up and forget all about you. | 君を飲み込み 消し去る |
Like a raindrop falling into the Pacific. Who cares? Who even notices? | 太平洋に落ちる雨粒と同じ 誰も君を気に留めない |
と遠回しに脅し、彼女の精神は蝕まれていきます。後に、落ちぶれたジュディは、野心について聞かれると
I used to have them. | 昔は野心があった |
I found they gave me the most terrible headache. | 野心が頭痛の種だったの |
と答えます。幼少時代から親も含めて大人たちの都合に振り回された彼女の、何とも切ない台詞ですね。ジュディは子役時代の経験で心身を壊して、覚醒剤、睡眠薬、お酒に溺れ、やがて撮影に遅刻、欠席を繰り返し、解雇、精神科への入院、自殺未遂と、転落の道をたどります。
ここまではハリウッドではよくある話です。彼女は1954年の『スタア誕生』で奮起してゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞しますが、ハリウッドは彼女を締め出し、アカデミー主演女優賞が取れないような流れを作ってしまうのです。そこから再び私生活は荒れ始め、子連れで場末のショーパブに出演して日銭を稼ぐ日々。レネー・ゼルヴィガーが演じるジュディの人生は、この辺から始まります。
子供を産んだジュディは、3番目の夫になるミッキーに初対面で子供について
You shouldn’t. | 作っちゃダメ |
It’s like living with your heart on the outside of your body. | 最大の弱点を持つことになる |
直訳すると、「体の外に心臓をむき出しにして生きているようなもの」。この台詞で壮絶な痛みと闘いながら、ジュディが子育てをしていたことが伝わります。
そして心ないトーク番組で「スタジオで過ごした子供時代が、後にあなたを悩ませたか?」と聞かれると
What matters to me now is my children’s happiness, | 今の私に大切なのは 子供たちの幸せよ |
that’s all. | それだけ |
I mean, if I’m this terrible mother they like to write about. | 記事どおりの ひどい母親なら── |
You tell me how I end up with such incredible kids. | あんないい子に 育つわけない |
このインタビューで彼女のガラスのような心は音を立てて崩れ、そしてまた、子供たちは別れた夫との安定した暮らしを選んでしまいます。失意のジュディは酒に溺れ、歌も歌えなくなり、最初は歓迎されていたロンドンでのクラブを解雇されてしまうのです。
レネー・ゼルウィガーは『ブリジッド・ジョーンズの日記』でアカデミー賞主演女優賞と英国アカデミー賞主演女優賞にノミネートされましたが受賞には至らず。『シカゴ』でもアカデミー賞主演女優賞と英国アカデミー賞主演女優賞はノミネート止まり。そしてレネーは精神的に不安定な天才女優と呼ばれ、長年、映画に主演することもなく、マスコミの前から姿を消したのです。
そのレネーが演じるジュディの情熱のほとばしる熱いステージは、2人の女優の姿が重なり、何度観ても泣けてしまいます。享年47歳のジュディの当時のステージの映像と比べても、レネー自身に、まるでジュディが憑依したかのように鬼気迫るものがあります。まさに魂の叫びでした。ジュディが再び舞台で輝いたように、レネー・ゼルウィガーは、この作品でアカデミー賞主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞、英国アカデミー賞主演女優を獲得します。
これは映画の中盤、ジュディがステージで歌う曲の歌詞の一部です。彼女の血のにじむような人生が集約されているので、ぜひ映画で全歌詞を聴いて下さい。
No one knows better than I myself | 誰よりも私が 一番よく知ってる |
How I wanted and fell | どんなに愛を求め 傷ついてきたか |
Now I stay what the hell | でも そんなこと どうでもいいの |
All of those dark days are gone | 暗い日々は すべて消え去った |
‘Cause its solo | 今は1人だから |
映画のクライマックスで、テーマ曲の『虹の彼方へ』を歌う直前、この曲について語ります。
This next one, | 次の曲は |
it isn’t a song about getting anywhere. | ゴールに到達することが すべてじゃない |
It’s about | それは |
walking towards | 夢に向かって── |
somewhere that you’ve dreamed about of. | 歩いていくことがテーマなの |
And maybe | たぶん |
maybe the walk | 希望を抱いて── |
is every day of your life, | 人生の道を コツコツ歩いていれば |
and the walking has to be enough. | それで十分だと思うの |
It’s about hope. | 希望は必要よ |
And we all need that. | どんな人にでも |
そして最後にスクリーンに出る文字。
“A heart is not judged by how much you love; but by how much you are loved by others.” The Wizard of Oz | “心は どれだけ愛したかではなく どれだけ愛されたかが大切だ” 「オズの魔法使」より |
実は別の映画で真逆の台詞がありました。「人はどれだけ愛したかで、愛されたかではない」。どちらが正解とは言えない言葉ですね。その方の人生に委ねられるのでしょうか。翻訳と関係なく、私は個人的に深く考えさせられました。
LGBTの方たちのパレードで、「オズの魔法使」の仮装や、レインボーフラッグが使われるのは、ジュディ・ガーランドの周囲に、愛に溢れた、優しい同性愛者が多かったからとも言われています。当時、同性愛は違法で、投獄されていました。
ジュディ: | |
They hound people in this world. | 世間は追い回したがる |
Anybody who’s different. They can’t stand it. | 自分たちと違う人間が 気に食わないのよ |
Well, to hell with them. | クソくらえ |
64年のコンサートの時は同性愛の罪で服役してたゲイの男性: | |
We decided to make up for it in style this time, and it is money well spent. | 今回は64年の埋め合わせ いいお金の使い方でしょ |
この映画の要のひとつ、ゲイの男性たちとのシーンもステキ過ぎて、涙腺が緩みっぱなしでした。どうぞ、皆さま、この映画をご覧になって下さい。
【字幕翻訳者プロフィール】
稲田 嵯裕里(いなだ・さゆり)
大学卒業後、ファッション雑誌の翻訳、カメラマンのマネージャー兼通訳を経て、映画字幕原稿チェックの仕事に就く。その後、フリーの字幕翻訳者として独立。字幕翻訳を手がけた近年の主な作品は、『フェアウェル』『アイリッシュマン』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ムーンライト』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』など。『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』『ファインディング・ニモ』『リロ・アンド・スティッチ』『Mr.インクレディブル』『ライオン・キング』(1994年版、2019年版)などアニメーション映画も多く担当。
【作品情報】
映画:ジュディ 虹の彼方に
原題:Judy
監督:ルパート・グールド
出演:レネー・ゼルウィガー、ジェシー・バックリー、フィン・ウィットロック、ルーファス・シーウェル、マイケル・ガンボン、ダーシー・ショー、ロイス・ピアソン
Blu-ray:4,800円(税別)
DVD:3,800円(税別)
発売・販売元:ギャガ
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