『アアルト』
フィンランドを代表する建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルト(1898-1976年)。「幼い頃、アアルトが設計した図書館で過ごし、彼の建築の虜になった」と語るフィンランドの新鋭ヴィルピ・スータリが、アルヴァの最初の妻、アイノとの手紙のやりとり、同世代を生きた建築家や友人たちの証言などを盛り込みながら、アアルトの知られざる素顔を躍動感あふれるタッチで描き出す。人と環境に優しいデザイン、現代の生活にも溶け込む逸品はどのようにして生まれたのか。2023年は、アルヴァ・アアルトの生誕125周年にあたる。アルテックの家具やイッタラのアイテムなど、後世に残る名作の誕生秘話も必見!(『アアルト』公式ホームページより抜粋)
世界屈指の人気を誇るガラス作品の生みの親、アアルト
本作は20世紀モダニズムの巨匠、アルヴァ・アアルトの生涯を描いたドキュメンタリー映画です。「アアルトって初めて聞いた」「どんな人?」という方も、イッタラのベースやグラス、アルテックのスツールをデザインしたと言われれば、あるいはそれらの製品を見れば、「知ってる!」と思うのではないでしょうか。
本作には、そんなアアルト作品がたっぷりと登場します。図書館、教会、サナトリウム、大学寮といった「大きな建物」から、個人宅、そのインテリア、家具などなど、多岐に渡る作品が紹介され、製作の裏側や理念が明かされます。自然光のように感じるライティング、有機的でシンプルなフォルム、森が大好きなフィンランド人の“夢”が取り込まれた居宅。
建築や家具製作に詳しくない私には、「そういう意図が!」「そんな配慮が!」「そうやって作るんだ!」と感心することばかりでした。アアルト建築のファンにとっては、ドローンによる空撮が多く、大きな建築物を上から眺めることができるのも嬉しいポイントのようです。1898年生まれ、激動の時代を生きたアアルトですから、絡んでくる歴史や交友関係も非常に興味深いです。
「妻だから」ではなく
本作のもうひとつの見どころは、「巨匠アアルト」の人物像と、彼を支えた女性たちの存在です。最初の妻アイノと2度目の妻エリッサは、巨匠である夫アルヴァ・アアルトを支える「妻」であったと同時に優れた能力を持つ芸術家でもあり、アアルト作品、及び会社に貢献しました。
特にアイノは、テキスタイル全般を担当したり、イッタラの人気シリーズ「アイノ・アアルト シリーズ」を手がけたりするなど活躍しています。エリッサもアルヴァの右腕として会社に欠かせない存在でした。当時は完全な男性優位社会でしたが、アルヴァは妻(たち)の才能を正当に評価しており、アイノを担当者として出張に送り出したり、エリッサが自分の右腕なのは“妻だから”ではないと強く主張したりしています。
時代が時代だったため「アアルト作品」と言えばアルヴァ・アアルトの作品を指すという認識が定着していますが、お互いに信頼し、愛し合っていたと同時に対等に認め合っていた夫婦の姿は現代的です。
アルヴァが旅先から妻アイノに送ったラブレターが映画の中で引用されています。
アイノ 君のことを 激しく愛している |
君のキスが恋しい |
この情熱的な手紙に対するアイノの返信は、何と次のようなものでした。
数日で帰宅するという手紙は 何だったの? |
金曜日から待っているのに── |
ストックホルムに 水曜着ですって? |
帰宅までに 機嫌を直します アイノ |
アイノが怒るのも当然、随分と勝手な男だなあという印象ですが、結局は許されてしまうのがアルヴァ・アアルトという人だったようです。建築を学んだヘルシンキ工科大学でのエピソードとして
アルヴァは数学が弱かったが |
製図の腕と人柄で切り抜けたとの 伝説が残っている |
という証言があるほどなので、相当な「愛されキャラ」だったのでしょう。一方で、アイノを亡くした失意のアルヴァが、何もできずにただ1つ起こした行動はいかにも芸術家らしく、同時に妻への愛にあふれていて胸を打たれました。
最後に字幕監修について
監修の宇井久仁子さんは、企画展『アイノとアルヴァ 二人のアアルト』、及びその図版にも関わったアアルトの専門家でいらっしゃいます。本作はフィンランド語の箇所が多く、私はフィンランド語が分かりませんので英語字幕を元に字幕翻訳を行いました。アアルトに精通し、さらにフィンランド語も堪能な宇井さんが専門家として用語をチェックし、原音のニュアンスも確認してくださったことで、すばらしい字幕になったと思います。ありがとうございました。
映画『アアルト』は10月13日より全国で順次公開されます。ぜひ劇場で、アアルトの魅力と世界に浸ってください。
参考
【字幕翻訳者プロフィール】
横井 和子(よこい・かずこ)
字幕翻訳者。ワイン専門商社勤務、制作会社アルバイトを経て現在フリーランス。フランス映画、フランス語の映画作品を多く手がける。最近の公開作:『アアルト』(10月13日公開)、『ルー、パリで生まれた猫』(9月29日公開)、『ぼくは君たちを憎まないことにした』(11月10日公開)、『ブルーバック あの海を見ていた』(12月29日公開)、『ジェーンとシャルロット』(公開中)など。「映像翻訳者の会 Wakka」立ち上げメンバー。
*「映像翻訳者の会 Wakka」公式ホームページ
【作品情報】
映画:アアルト
原題:AALTO
監督:ヴィルピ・スータリ(Virpi Suutari)
制作:2020年
配給:ドマ
宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会
協力:アルテック、イッタラ
2020年/フィンランド/103分
(C)Aalto Family (C)FI 2020 – Euphoria Film