翻訳者にとって「スキルの向上」は日頃からの重要課題のひとつではないでしょうか? そして字幕翻訳では特に、訳文の文字数に制限があるからこそ、原文の解釈やリサーチのスキルが品質向上に直結すると言っても過言ではありません。
今回ご紹介する「翻訳スキルハンドブック」は、分野を問わず英日翻訳にフォーカスした内容となっているため、字幕翻訳の仕事にも十分活用することができます。そしてタイトルの通り「スキル」を学ぶことが本書の目的です。しかし、他の翻訳スキル関連書籍と一線を画しているのは、原文を受け取ってから納品するまでの実務上の全てのプロセスに着目し、各段階で使える実践的なスキルを学べる点にあります。
著者の駒宮俊友氏は、法律・ビジネス・ニュースなどのさまざまな分野を手がける翻訳者として活躍する一方、字幕ワークショップや大学の翻訳講座でも教鞭を執られています。ところが、そのような著者でも「英語にはもともと苦手意識があった」とのこと。だからこそ、(語学の才能があるに越したことはないものの)翻訳者として必要不可欠なのは「最適な考え方」 ──理想的な訳文をつくるのに必要なプロセスを理解し、各段階でぶつかる難題に適切なスキルで対処するための思考であり、それを身につけることが語学の才能より重要だというスタンスで執筆されています。
本書は9つの章で構成されており、原文を受け取ってから納品するまでのプロセスと、各段階に必要なスキルを詳説しています。
第1章は、英日翻訳の基本プロセスが「原文分析」「リサーチ」「ストラテジー」「翻訳」「校正」「納品」で成り立っていること、そしてそれらのプロセスで必要とされるスキルはどのようなものであるかの概説です。初学者の方でも、翻訳における一連の過程を押さえることができます。
第2章から第7章は、「原文分析」「リサーチ」「ストラテジー」「翻訳」「校正」にカテゴリー分けされた78の実践的スキルが掲載されており、本書のメインパートです。スキルごとにポイントの要約と詳細な解説が掲載されています。スキル解説のページは、熟読して学習するのも良いですが、実際に翻訳作業をしながら参照するという使い方にも適した構成です。例えば「リサーチスキル①」では、リサーチする情報は5種類であることがポイントしてまとめられており、リサーチすべき情報が一目瞭然となっています。さらに解説文には、例文や図表も多く用いられていますので、すんなりとスキルを理解できることでしょう。
第8章では納品時の注意点、第9章ではより良い翻訳のためのヒントが、それぞれ解説されています。独学では習得しづらい納品メールを送るときの注意点や、翻訳学で学べること・実践に生かせることなどの、痒いところに手が届く内容です。
また、各章末にはコラムがあり、「帰国子女なら翻訳者になれる?」「翻訳はチーム作業である」など、教育者としても活躍する著者ならではの目線で、学習のモチベーションアップにつながるような内容が執筆されています。
巻末には付録として「翻訳チェックポイント表」と「翻訳に役立つ参考文献・辞書」がついています。特に「翻訳チェックポイント表」は、本書で学べるスキルに基づいて40のチェック項目が見開き1ページにまとめられており、気をつけたいポイントが一目でわかるため、翻訳作業時に重宝することでしょう。私自身もこのチェックポイント表を頻繁に活用しており、作業の正確性・効率性が共に向上している実感があります。
翻訳は練習するほど上達するとはいえ、実際には壁に突き当たる場面が往々にしてあると思います。そんなときこそ、本書を活用して実践的なスキルやヒントを得ることで壁を乗り越えることができ、ひいてはスキルアップの大きな後押しになるはずです。
【執筆者】
米原 春香(よねはら・はるか)
北海道大学大学院農学院修士課程修了。在学中は英語研究会所属。公的機関におけるバイオ・食品関連の研究員を経て、2017年より産業翻訳者・ライターに。産業翻訳では主にビジネス・食品・観光等の分野を扱う。最近では、企業プロモーションビデオ等の字幕翻訳も数件担当。映像コンテンツの需要が今後増すであろうと考え、これを機に映像翻訳系の書籍で少しずつ学習し始めた。