* この記事はvShareR SUBで公開中の動画をもとに生成AIを活用し作成しました
映画やドラマの映像翻訳において、直訳するだけではどうしても意図が伝わらない言葉があります。その代表例が、アメリカの文化や宗教的背景に深く根ざした表現です。
今回は、株式会社クープで翻訳字幕のチェックを担当しているアメリカ出身のサラさんが、英語圏の作品によく登場する「Sunday School」について解説します。文字面の通り「日曜日の学校」と訳すだけでは見落としてしまう、言葉の裏に隠された本当のニュアンスと、字幕翻訳に欠かせないリサーチの重要性を学びましょう!
【出演者】(収録当時)
・サラ
株式会社クープ 字幕制作グループ・多言語チーム所属。アメリカ合衆国フロリダ出身。
字幕で見かけた「日曜日の学校」への違和感
みなさんは、海外の映像作品を鑑賞しているときに「Sunday School」(サンデースクール)という言葉を耳にしたことはありますか?
キリスト教に馴染みがある方や、教会に通った経験がある方ならピンとくるかもしれませんが、多くの日本人にとってはあまり馴染みのない言葉かもしれません。
最近、ある英語のドラマを観ていたとき、登場人物がセリフで「Sunday school」と言っていました。その作品の日本語字幕を見ると、「日曜日の学校」と翻訳されていたのです。それを見たとき、「前後の文脈がない状態で、日本の視聴者がこの翻訳だけで本当の意味を理解できるのだろうか?」と疑問を抱きました。
字幕ルールに基づいた文字数制限のなかで正確に情報を伝えるためには、単なる直訳ではなく、その言葉が使われている文化的背景を理解する必要があります。
「Sunday School」は学校ではない?
では、「Sunday School」というフレーズが実際の英会話でどのように使われるのか、具体的な例を見てみましょう。
ふたりの大人が「自分たちが子どもの頃、どんな子どもだったか」について雑談をしています。「自分はやんちゃな子どもだったか」、それとも「すごく良い子だったか」という話題です。
A:「君は若い頃、きっとやんちゃな子ども(wild kid)だったんだろうね」
B:「私はSunday Schoolに通っていましたから……」
会話はそのまま何事もなかったかのように続いていきます。
これを聞いて、不思議に思いませんか? 「やんちゃだったんだろう」という問いかけに対して、なぜ「日曜日に学校へ行っていた」ことが答えになるのでしょうか。日曜日に学校へ行くことと、その人が「良い子だったか、やんちゃな子だったか」に、一体どんな関係があるのか、これだけではわかりませんよね。
その理由は、「Sunday School」が一般的な「学校」ではなく「教会」に関する言葉だからです。
「Sunday School」の本当の意味と教会の仕組み
そもそも、「Sunday School」とは何のための場所なのでしょうか。
大人が出席する教会の礼拝は、何時間にも及ぶ長いものです。神父さんや牧師さんの話を静かに聞き、全員がじっと席に座っていなければなりません。これは、小さな子どもたちにとっては過酷なことです。何時間も静かに座り続けるなんて、子どもにはとても難しいですよね。
そこで、礼拝が行われているあいだ、子どもたちが過ごすために教会の敷地内に用意されている別の部屋(またはその集まり)のこと、これこそが「Sunday School」の正体です。
一般的な流れとしては、最初に神父さんが挨拶をして、みんなで歌を1曲歌った後、子どもたちはその別室へと移動します。そこで何をするかは教会によって様々です。
- プレイルーム形式: たくさんのおもちゃがあり、大人の礼拝が終わるまで子どもたちが自由に遊んで待つ。
- お勉強形式: 先生がいて、子ども向けにわかりやすくアレンジされた聖書のお話(たとえば「ノアの方舟」など)を読み聞かせ、簡単な教訓を教える。
このように、子ども向けの「簡単なレッスン(授業)」を行う場所であることから、「スクール」と呼ばれているわけです。つまり、私たちが普段通う一般的な学校のことではないのです。

セリフの裏にある「育ち」を読み解く
ここまで理解できると、先ほどの会話の謎が解けていきます。
子どもの頃に「Sunday Schoolに通っていた」ということは、すなわち「その人の家族は熱心なキリスト教徒であり、頻繁に教会に通う家庭だった」という背景を意味します。
そして、厳格に教会へ通うような宗教的な家庭では、一般的に子育ての規律も厳しく、子どもが外で夜遅くまで遊び回ったり、いわゆる「ワイルドで不良っぽいこと」をしたりすることは許されない傾向にあります。
だからこそ、「君は子どもの頃、やんちゃだったの?」という質問に対して、「Sunday Schoolに通っていたよ」と答えることは、「いいえ。僕の家は厳しかったから、みんなで教会に行っていたんだ。だから大人しい良い子だったよ」という「NO」の意図になるのです。

視聴者に伝わる字幕を作るために
翻訳者が「Sunday School」というセリフに、もしこれを文字数制限があるなかで、そのまま「日曜学校に行っていた」と直訳してしまっては、日本の視聴者は「それがどうしたの?」と置いてきぼりになってしまいます。
このように、言葉の裏に隠された文化的文脈や宗教的な背景を正しくリサーチし、日本語として自然で、かつ一瞬で伝わる字幕を作る。それこそが字幕翻訳の奥深さであり、おもしろいところでもあります。
海外ドラマや映画を観るときは、ぜひこうした文化の違いにも目を向けてみてくださいね!

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第2回 SUNDAY SCHOOL / Sara’s One Point Lesson

