字幕翻訳講座マンツーマンレッスン 1日目:スポッティング/翻訳チェック(その5)「Being Thomas」初稿
2026
1/06
最初に見て、若者のほうは「俺」じゃないですか。僕普通に見てて、じいさんだったから、字幕風な感覚だと、たぶんじいさん側は「わし」にしか見えなかったんですよ。
ま、別に私で違和感ないんだけど。でもなんかちょっと雰囲気的にはせっかく2人しかいないから。
ああ、まあね。でもなんか、ボケ、最初見た時どこからボケたのかと思って見直したら冒頭からボケてたのかっていうのもあったから。なかなか難しいところがあったけど。ま、確かにしっかり喋ってる時はしっかり喋ってる。
ここもなんか難しいんだよね。その、さっき棒引きつけてくれてたぐらいだから、なんか「したから」で止めるのは、ちょっと…
「誰かと思った」とか、いろいろいっぱい考え直して。
そうそうそう。「物音」を出したのはすごくいいんだけど、逆にあの「…」とかつけてもいいんだけど。
なんか「物音がしたから」来てみた、でもいいんだけど、でも「したから」で終えられない場合、「物音がした」だけだと成り立たないから、単純に、例えばだけど「音が聞こえた」ぐらいにしちゃえば、言い切りになれるし。
そういう、もし「から」で止めると、嫌う人いるから、ばっちりバンって言っちゃうんだったら、そういうちょっと違う…
のも可能性的には、ちょっとあったのかな。ただでも「物音」っていうのはすごく合ってて。これ、someoneになっちゃってたけど、確かにheardのほうを積極的に訳して「物音」にするのは、まあまあ割と、言葉の見つけ方としてはいい方向性だよね。
あと「見ろ」。「見ろ」はでもこれは「見ろ」。ま、普通によくある’Look’じゃん?あの「おい」とか「へい」とか程度の。
いや、だから逆にそれを、これたぶん本当に’Look man’ってただの…「見ろ」じゃないと思うんだよね、ここって。
Look man… I didn’t mean to scare you.
なんか、何の気なしに言ってる。これ(ナイフ)をこうふうにやってるわけでもないと思うんだよ。
持ってんだぞっていう感じの。そっちだとしたら確かにこうなんだけど。なんかそっちじゃない、たぶん’man’だし、’Look man’って普通に、自然に、ただ言っちゃっただけに聞こえた人にとったら、別にナイフをわざわざ言ってるわけじゃないのになっていう違和感はあったかな。
ま、だからといって「おい」とかそういう一般的な訳もできない感じもしたけど。
Look man. I didn’t mean to scare you.
このおじいちゃんが、いつこの人をトーマスだと思ったかっていうのによるんだけど、まだここの時点で知らない人って判断してたら、「落ち着け」っていう言葉はそんなに違和感ないんだけど…
自分の息子と思ってたら、もうこの英語そのもので、’to scare you’のほうが…
そっちのほうが「驚かしちゃったか」とか「驚かしたか」ぐらいのほうが、たぶん、息子とここで思い込んでたら、なんか自然な感じがする。ほんのちょっとの違いかもしれないけど。
でもたぶん、ここ、このストーリーって最初から、ここの時点の最初でもう…
たぶん、その直後に、もう完全な勘違いで話し出しちゃってるから、ここの時点でもう息子と思い込んで息子が帰ってきてくれたんだって思っちゃってんだろうなっていうとこまでいくと、「落ち着いて」だとちょっと、他人になっちゃう感じがするかな。
とか。 なんか感覚的なところだけど、「昔 好きだっただろう」、「昔」だと、本当に子供の時の、ところまで思い出が遡っちゃってる印象だったのね。
この息子が何年前に家出したのか定かではないけど、たぶん、この人それなりの…お父さん年配になってて、お母さんが亡くなったのも、だいぶ前なはずがない気がするのね。
息子もそこそこな年になってから、ま、1人でそもそも家出て生きてられるぐらいだから、ある程度大きくなってって言った時に、なんかちょっと「昔」だと、あえて「昔」って言ってしまうと、本当に子供の時にレモネード好きだったよねって感じがするので、無くてもいいかなと思って。
「好きだったろう」っていうのは当然「好きだったろう」なんだけど、「昔」を入れちゃうと、ちょっと時代が遡りすぎちゃうかな。
Yeah, I’ll make us some lemonade.
あえて入れようとするのも、なしじゃないけど。’Yeah’とかは、この程度のところは要らないかな。
ていうのをちょっと検討してもらって。 ああ、ここ、わざとやったんだったら、ありはありなんだよな。ま、嫌う人もいるじゃない、レモネードって言ってて、で、また「レモネードを作ろう」「レモネードを作るぞ」の重複を。
なんか、「レモネードを作る」が2つ連続してるんだったら、もうしょうがないから片方は「作る」にして、片方は「レモネード」にする。例えばだけど「早速 作るぞ」みたいな感じの「作るぞ」だけ乗せるようにしちゃって。で、「レモネードだ」とか。
その、どっちかだけをちょっと少し派生させて、同じ言葉にしないようにする、とかすると、別に違和感もないし、何回も同じセリフになるのが好きじゃない人にとっても…
うーん。なんか、ちょっとボケ、ちょっと前のことをすぐ忘れちゃう感じなのかなと思って。レモネードだ、レモネードだって、こう自分に言い聞かせながら歩いて…
で、結局、あの、キッチン行って水出したら、何するか忘れちゃってる。
まあ、だからどのぐらいの自覚が自分にあるかが、ここで確かに、まあ、そういうのをだから、あの、あえて自分に言い聞かせてるっていう風に解釈してやったっていうんだったら全然、問題があるわけじゃないよ。
まあ、なんか、レモネード、こう自分のの中で言い聞かせながら行ってる…
ああ、その印象が「作ろう」「作るぞ」っていう変化形に…
そう、「そうだ、作ろう」って言って、「レモネードを作るんだぞ、作るんだぞ」。じゃあ「作るんだぞ」でいいのかなあ。
ああ、でももう 1 回見直さないと、なんかあれだけど…
まあ、でもそういう風に見える人もいるっていうのも、(コメントに)ちょっと書いたりしてるので。 あとすごい細かいけど、例えばだけど、その「こっちへ」って言ってる… この、今この時点でね、お父さん側は息子だと思い込んでるじゃない?
で、息子に対して「こっちへ」っていうのが、なんか、実はちょっと違和感…
があって。特に、息子が、元々はこの家に住んでたっていう設定で、そこに帰ってきたから、息子にとったらここは台所がどこにあるかとか何だとかって全部、勝手知ったる家なはずで。
はずな時に「こっちへ」って言うと、なんか知らない人に「こっちへどうぞ」的な感じに見えちゃうんで。
普通に「こっちだぞ」ぐらいの、まあ、あの、家族の中でも「こっちだ」ぐらいの感じであれば、まあ、同じ「こっち」だけど、息子に言うのにしては自然かな。
分かってる人に「早く来い」でも何でもいいけれども、なんかそういう方に振った方が…なので、あえてちゃんと、分かってるはずの息子に言ってるんですよっていう感じを、感じさせるようなちょっとしたところはあった方がいいかな。
Oh no. I’m okay Thomas.
ま、ちょっとあれか。ちょっと肩のこのラインが… 「元気だよ」だけでも大丈夫かな… 最初パッと見た時は、あの、「私は元気だよ」だけだと、ま、そう言ってんだけど、なんか物足りない感じがしたのね。あの、ま、要は「ヘルパーが必要だろう」って言われた時に、なんか、「いや、人の手は借りない」その、「まだピンピンしてるよ」とか…
「人の手は借りない」とか、なんかそっちの方向の印象がちゃんとあって、要は「そんなに老いぼれだと思うな」とかいう、なんか印象のセリフかなと思って。で、その印象をなんとなく感じちゃうと、「私は元気だよ」だけだと、なんか物足りない。もう少しその、「まだ人の手は借りん」とか、なんかそっちの「人の世話にはならん」的な、なんか、変えちゃっても、それは、誤訳にはならないんじゃないかなという気がしたかな。
あと、「先週 このパズルを見つけた」? 横に長いじゃないですか。字幕のパッと見として。
で、個人的には、「この」がなんで必要なのかなって。「先週パズルを見つけた」。要は、何個もある中の「このパズル」っていうシーンじゃなくて。ま、ただここに置いてあるっていう意味だけで使ってるけど、ま、「先週 パズルを見つけたんだ」って言って、ここに置いてあって、それ触る、だけで十分。その、あえて「この」をつける必要性がないかな。
いや、「この」ってたぶん私あとから付け加えたんだと思うんですよ。
あ、そうなの?なんで「この」なんだろ?ま、今ここのシーンで見えてないっていう…
だって、今この前提で、この人パズル好きで、いろんなのが例えば飾ってあって、「いやあ、今回このパズル見つけちゃったんだよね。」って、例えば今、これちょっとちゃんと見えてないんだけど、映像が暗いから。 後ろのさ、これがさ、前に作ったパズル群で、で、このパズル見つけたんだよ、ていうんだったら「この」が、むしろあるべきだと思ったけど。なんか、そうじゃないと別に「この」ってあえてつける必要性はないのかなと。
というか横に長いし。これ結構さ、実際これってさ、今これ何文字?12.5 文字か。ま、そんなに長くないのかもしんないけど、結構、横に長く感じないですか?字面が。
なんか。「この」外すぐらいの方が、見た目きれいじゃないですか。
で、もし見直せるんだったらだけど、この「全く進まなくてね」っていうのも、ま、たぶん、きれいにまとめた感じ、なんですかね。まあまあ、普通にまとまってる言葉で全然、違和感はないんだけど…
なんかちょっとその、自然っていうか、このおじいちゃん、この環境じゃなくても「全く進まなくてね」ってたぶん言える言葉…
あの、なんかボケが少し始まってて頭が回んなくなって、「全く進まなくてね」っていう言葉の印象と、ま、別に子供でも俺らぐらいの年だとしても、「いや全く進まなくてね」って言えちゃう言葉だったりするから、まあ「難しくて」って意味で。
もうちょっと、そうじゃない時に…ちょっと英語に戻ると、ま、ここの’These pieces go together’ってなってるところで、たぶん「いろんなピースがどこに行くか分かんない」っていう感じの時に、個人的には、例えばだけど、「もう どこがどこやら」とかっていう感じの言葉が普通に浮かぶ。なんかもう、作りたいんだけど分かんないっていう、そのなんかモヤモヤ感みたいなのが、このシーンだといいし。
で、こう、うまくまとまっちゃう言葉で、これ全然このセリフで悪くはないんだけど、でも、そのちょっとした違いとか、そのうまくまとまっちゃった言葉の時に、もう1回改めて見直す時に、ちょっと英語をもう1回見てみて、英語のその言葉の中の何単語かとリンクしてるかっていうのを、ちょっと確認すると、うまく言えちゃってるんだけど、あ、この要素が…あの、どっかの要素がある程度結びついてると、もう少しはっきりした言葉に同じ文字数で戻せる可能性も結構あって。
だから最初に見直す時間がないと、これで全然すっきりして、はいはいっていう言葉なんだけど、やっぱり英語なりの味を出すためには、全部は無理でも、要素を削るんじゃなく、単語1個ぐらいからリンクさせると、たぶん言葉が同じような感じの意義感みたいなのが生みやすいかな。
で「トラブルか」だと、だけ書いたりもしたんですけど、それだと、ま、お金のトラブルか…
まあ分かりづらいけど、でも流れでその前から金で来てるし、ま、英語としても実際の話、’in trouble’しかしか言ってないから… ま、この段階ではもう「金はどこだ」「金は?」で、ま、トラブル…ま、例えばだけど「困ってるのか」みたいなぐらいでも…
ま、確かに、そうじゃなくて金はやっぱり分かりづらいよって判断しちゃった時点で、字数的にしょうがないのかなと思うけど、でも実際は自分でも気づいてるように、なんか、ちょっと漢字をここで並べるの、違和感は出ちゃうじゃない?
ま、1個1個こうやってると、その前の「金は?」があんまり生きてないように見えるけど、実際このシーンって割とすーっと進んでるので、金だ金だって言ってて、単純に「困ってるのか」って言っても、当然、金のことにしか感じはしないじゃない?
だから普通の再生スピードで考えてれば、たぶん勘違いしないって、きっと判断すると思うんだよね。
あの、さっきもちょっとやってたけど、ちょっと再生してっていう時に、結構、言葉とかタイムを気にして、再生をすぐ止めちゃったりするじゃない?
あれはやめたほう…見直しの時には、特にやらない方がいいかな。もう、見直しはだって、流れてる中のそのスピード感の中でどういう風な言葉かっていうところだから…
あの、どうしてもいい言葉が見つかんなくて、縮めなくちゃ、縮めなくちゃっていう段階の時は、止めざるを得ないんだけど、そうじゃないところまで行った時には、もう、できるだけ手つけないで流しながら、でも直そうっていう…直さなくちゃで直すぐらいにしないと、流れが本当に分かんなくなってきちゃうんで。
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